旧御射山(もとみさやま)

 八島湿原には何度か行っている。特に最初に行った時には、なんて美しい所だろうと思った。子供等が小学生だった時には、湿原のそばにキャンプ場があったので、テントを張って一夜過ごした。ところが雨風が強くて、ポールが折れ曲がってしまい散々な目にあった。しかも翌日は下りの途中でエンジンが停止してしまい、車中泊し、その翌日車は諏訪に預けてレンタカーで浦和まで戻った。
 そのいわくありの八島湿原のそばに諏訪大社下社が鎌倉時代を中心に神事をやっていた旧御射山があったとは、つい最近まで知らなかった。

F1619899-464C-40AF-BC56-9520133B7B05.jpeg754BC5B5-A245-4503-BEB0-4550B0586914.jpeg413374EC-1A8C-48FB-BBB7-64F91E3BE027.jpeg
 湿原の駐車場に車を置いて、湿原のへりを30分ほど歩いて、最後に少し下るとヒュッテみさやまが見えてくる。
1A2D6E2A-DDB4-42DE-BA20-3FBE4C42199F.jpeg
 ヒュッテのすぐ向こうに小さな流れがあって、その上に旧御射山社がある。

AB0BFAA0-B86B-4CA1-AEF4-5BF3E0D2554C.jpegC3E8DDB1-C979-44AA-A888-FA60CDDBD4B5.jpeg
178B55DF-07A9-4CCE-8A36-1F58B5A43F98.jpeg7A1064BB-AFB5-43B0-A3F4-F5443188A8DF.jpegBB6BDD4F-301D-4D5A-A1BD-37BA81A4D64D.jpeg
 中心にあるのは小さな石祠だけれど、かつてはここで、8月の終わりの3日間祭祀が行われていたのだ。

F5B39EBF-1334-476A-A902-BE905713E7A8.jpeg
 ここは標高1650mで三方が山に囲まれている。

F627F7AD-2D60-4727-BCEC-112204F6BC6A.jpeg
 その三方の山の斜面に各地から来た武士たちが5日間滞在するための穂屋が毎年建てられ、そのために作った階段状の地形が今も残っている。私の目にわかるのは南側の斜面だけ。冬はもっとわかるらしい。

B2F5D773-864B-4CC5-9C3C-1910478171B7.jpeg
 階段状の斜面に登ると、この遺跡の全体が見えてきた。

893AC907-73BA-444A-A76A-CF6317BC6546.jpegA47CC280-AC9F-48F4-9A26-0365F60FB941.jpeg
 穂屋が建てられていたという平らな所にはおびただしいイヌドリゼンマイが伸び始めている。この辺り、今見ても何もないけれどおびただしい出土品があったのだ。座るのにちょうどいい石があったのでお弁当にする。食べながら前方を眺めていると、遠い日に想いがいく。

11FC8E71-B6FA-4267-AF55-D82A303DA34B.jpeg042144CF-0612-499F-99D9-07A43950E90E.jpeg
 上からは旧御射山社の森が見える。左側にはヒュッテみさやまがみえる。

5D58081D-6666-4A08-B058-F8E89ACCDD63.jpeg966E1B5C-E296-49F4-899B-1E59ECFD3F84.jpeg
 この辺りは段が今もはっきりわかる。

1CE388A4-3EC0-483B-8DFB-8C04A2D52061.jpeg
 集まった武士等の配置図を見ると、北条殿、千葉殿、和田殿などが上段に書かれており、下段の信濃侍のところにはなんと海野、望月、根津が書かれている。みな我家の近くで活躍していた武士等である。御牧があったこの辺りの武士は騎射にも長けていて、ここは活躍の場だったのだろう。

9EDCF689-4761-4CB1-84EE-DF2603F9A50A.jpegFAF3E41F-B38B-4986-94CA-5AD7D96FE604.jpeg758B8292-EA07-467E-BAF9-2F2612BC0240.jpeg
 上から見えていたいくつかの石碑を下って確認する。こちらはおにぎりみたいな石に「御射山講武之跡」とある。ここは下社の神事を行っていた御射山で、上社の御射山は原村にあった。神事の詳細は下社にはなく、上社の神事を記録した室町時代の「諏訪大明神絵詞」から推測することになる。したがって実際に何が行われていたか分からない部分がある。とはいえ、巻狩りをやっていたのは確かだろう。

3A83B04E-914F-4671-B41B-FBA2FDAF55D5.jpeg
69F4894A-3EF3-42C8-ACA6-DF846190997E.jpeg
 こちらは左上にある石碑で、「史跡 舊御射山競技場跡」とある。

8F411EAA-156C-413A-840D-A79FC479FD06.jpeg
 旧御射山社の下に大きな青梨の木があってちょうど花盛りだった。以前この木は山梨ということになっていたのに、青梨であることがわかったそうだ。この辺りには同じくリンゴに近いエゾノコリンコとズミもあるという。

81DAA77B-B61B-4955-8388-D6F510779E7E.jpegA1FC8FDE-84DE-45CC-A8BE-E08DC3ED24F2.jpegC10B248F-1250-44B8-BE6B-799B47C65C3E.jpeg
 旧御射山社のすぐ下からは水が湧き出て、流れになっている。この流れも不思議。

金井典美「御射山」

諏訪大社は、出雲から逃れてきたタケミナカタの神を祭神とする御柱祭で有名な神社ということになっている。しかし諏訪大社を構成するのは4つの神社であり、かつてこの辺りに狩猟の民が活躍していた頃の祭祀が未だに残っている不思議な神社である。数年前に神長官守矢資料館を訪れて、その時は藤森照信氏の設計になる建物を見るのが目的であったけれど、諏訪の信仰に興味を覚えた。その後八ヶ岳山麓の人面付き縄文土器に興味を持ち、諏訪は縄文文化の中心であることに気づき、いずれじっくりと諏訪を歩き調べてみたいと思っていた。その時期が今やってきた。つまりコロナで東御に疎開している今、諏訪歩き、諏訪調べに良いわけだ。
 諏訪大社を知るのに良い本が人間社会文庫から40年ぶりに再出版された「日本原初考」の3冊である。当時若者だった田中基、北村皆雄、野本三吉が中心になって編集している。この中に彼らが影響を受けた人物が何人か載っている。ミシャグジ神に視点をあてて古層の諏訪神社に視点をあてた今井野菊さんもその一人。ただし本を検索しても手にいれるのは難しい。一方、霧ヶ峰に山小屋を持ち旧御射山を研究するようになった金井典美の本は何冊か手に入った。
 私のところに届いた「御射山」は白梅学園高等学校図書の印があり、除籍と記されている。昭和43年学生社発行。表紙のカバーもない地味な姿。しかしこの本はとってもよかった。

D78EB14F-8D1B-4839-A1B1-033305BD1086.jpeg
 そもそも1928年生まれの金井典美氏の風貌が玉木宏に似て、何やら詩人風ではないか。この本の表紙カバーはないけれど、氏の写真部分だけは貼り付けてあり、司書も蔵書にする際に氏の写真を残した方が本の雰囲気が分かりやすいと判断したに違いない。
 金井典美は昭和30年に旧御射山を訪れ、その翌年に近くの沢渡に山小屋を建てた。大病を患い何年か遅れの早稲田大学生であったが、療養のために霧ヶ峰で過ごすのが良いと判断したのだ。

 諏訪大社はかつて毎年8月に御射山で巻狩りなどを中心とする神事を行っといた。北条氏の鎌倉時代が最も盛んで、全国の御家人たちがここに集まった。その時に集まった人々の穂屋を作るために階段状に桟敷が作られたのである。しかしこれは自然が作り出したものではないかの意見もあった。金井典美は3回に及ぶ調査により、これが人工物であることを突き止めた。調査の頃は東京オリンピックの前で、世の中ではギリシャのオリンピアのコロシアムに匹敵するものが日本にもあったとして大々的にとりあげようとしたが、彼はここで競技そのものが行われていたのか、あるいはこの段状のものが桟敷席そのものだったのか不明として冷静に対処している。
 この本の後の方で、金井典美は御射山神事は狩猟の儀式というよりは、稲の豊作を祈る意味が大きいのではとしている。日本の各地で山上の湿原はかつて神の田圃と見られており、御射山が八島湿原のそばにあるのもそういう意味合いもあるのではとしている。
 神の田圃の記述を読んで、私もかつて高層の湿原の美しさに感動したことが蘇ってきた。飯豊山、苗場山、八幡平、北アルプス、大雪山。そしてこの八島湿原をかつて訪ねた時もなんて美しいところだと思った。この後、金井典美の「湿原祭祀」を読むのが楽しみ。

08710818-24A1-4F69-BC79-98F7775C910F.jpeg
 御射山社は江戸時代には諏訪大社下社秋宮近くに移転している。この写真は穂屋をしのぶ貴重なものに思われる。

E96B8FD3-6938-4B74-B908-CFE36C15D90F.jpeg
 三回の調査は多くの人の協力で行われた。発掘のあとはすぐに埋め戻してしまった。

女神湖のあたり

 女神湖はもとは赤沼という湿原だった。それが1966年に農業用溜池になり、蓼科山が女神山(めのかみやま)と呼ばれていたことから女神湖と名付けられた。その翌年にビーナスラインが開通するわけで、そちらも蓼科山に因んだ命名なわけだ。一方湖の少し先にある白樺湖も、もとは池の平という湿地だったものが、1947年に農業用溜池として完成した。女神湖は白樺湖よりちょっと小さいし、観光施設もさほどなく、全体に施設が新しい。
D108FB95-6DCC-4A1E-8E87-4E678E76AE16.jpeg
 女神湖の可愛らしいバス停。
C12DC934-5954-464D-B082-B1BE3E733CD1.jpeg
 女神湖のあたりの森の中を少し歩いてみる。どこかで見た植物が出てきた。後で調べたらヨブスマソウと出ていた。そしてもう一度調べてみたらウドブキともいうと出ていた。そうかやっぱりこれはウドブキだったか。数年前に教えてもらって採り、とても美味しかったのに、今や見たことがあるになってしまうのだから情けない。なかなかお目にかかれない山菜だから、ちょっとだけ持ち帰ればよかった。でもここで、鹿の角を二本拾った。ここは国立公園ではないのでいいのではと解釈した。
DB52930D-A6FD-4BAD-A8E3-93184D1A3032.jpeg
 別荘地は全体にゆったりとしている。北欧の家みたいに小板を外壁にした家が見えた。
 
67C45DEF-E717-46A0-AFD0-EAEF84E91C71.jpegFE436073-E061-46B0-89FF-964EAB6CE814.jpeg7E67452B-564F-4D12-9DAB-815C30AFED5A.jpegBE86A9E0-A0D6-4E6A-BA9B-F4CF7A11DEF4.jpeg4416F771-CF5B-4F11-ACE5-5F87C2F3F793.jpegD94D4B6A-8C04-4C3F-A0BE-2FD8C14D3C6F.jpeg
 アマナ。シロバナエンレイソウ。サクラソウは浦和の田島ヶ原が有名で天然記念物になっている。そちらは小さい頃から何度も見てきた。ここに自生地があるとは!クリンソウは鮮やかで目につく。
E7556B73-5BB7-456F-A742-91D1907BBE76.jpeg
 別荘地を下って牧場のヘリに出た。
D8E02A36-8EAE-4B53-86AF-3EFCDEBD36D0.jpeg
 クロカンコースを少し歩いて近道をする。
66A4D4CE-7E12-423B-BA68-6873A0528BB4.jpeg
 蓼科山が見える。
55F7CE64-DDB0-47EE-9916-5D294DC3F6F9.jpegBAC8099E-35E1-4FAE-90FC-219D6D9A1DC3.jpeg144206F2-DCF5-43CC-8733-660D4CECEA9F.jpeg
 車で県道を少し下って道路横を少し観察。白いスミレが登場。アケボノスミレかイブキスミレあたりか。
7BDAEC68-070F-471B-80B7-4D122BECBD5D.jpeg2795326D-328C-433F-9771-959CB5BD84D8.jpeg
 スミレ色のスミレが登場、葉っぱがスミレと違って特徴的だから割と同定しやすそう。とりあえずはアカネスミレあたりか。

261BE8F9-72FB-4D99-88DE-D0206FC3BDCB.jpeg
 しかしスミレは同定するのは難しくて、「日本のスミレ」とネットで調べるのだけれど自信が持てないし、時間がかかる。写真を撮るのも、スミレがあったと喜んで正面から写すだけでは情報が足りない。でもとりあえず写真だけのせておこう。
 
ACA828C8-76DF-4D81-AB65-935D32A73841.jpeg3F581A6E-158C-4399-B588-0408321AF687.jpeg
 県道のそばには、あちこちにサクラソウが咲いていた。

雨堺峠祭祀遺跡群 鳴石

 4月に長門牧場から女神湖まで歩いた。中央分水嶺のロングトレイルの最初の部分を歩くということだった、その時に雨堺峠を歩いていたのに、そこを古東山道が通っているなど知らなかった。付近には雨堺峠祭祀遺跡群があり、いくつかを見ることができるのも知らなかった。
   
 東山道が美濃から神坂峠を越えて伊那に入り、諏訪から松本、青木村、上田、そして東御、碓氷峠に行くというのは最近わかってきて、とても興味を持っている。ところが、律令制が整備される以前は古東山道は諏訪から雨堺峠、瓜生峠(望月だろう)、碓氷峠に至っていたのだ。あと現在も大門街道とよばれている道も古東山道だったようだ

A48DBD0E-96A8-4F3C-9CBC-09E70A938A1B.jpeg
 雨堺峠頂上(1581m)の石柱は蓼科牧場クロスカントリーコースの入り口に立っていた。

0487F97A-4753-471D-B27C-F1C1F85382FE.jpeg0C55CA0E-4AB7-43B9-AF6F-C7A6419564FB.jpeg3EBD209D-68BB-4CDB-AB20-2FF69542939A.jpeg
 ここからは牧場の向こうに蓼科山がよく見える。

CD814885-7674-4DE7-8C2D-A1BC097E2883.jpeg 
 雨堺峠より北に少し下ったところに長門第二牧場の施設がある。ソフトクリームが食べられたり、牧場を目の前にした気持ちの良いところだ。

23B57DC9-B4CC-4CC0-BD6F-D6FF6902419C.jpeg
 その後ろに鳴石の案内板がある。

80320BE9-6EC9-43F8-9E03-081D4BA0808E.jpeg024FBB64-12FA-4DA6-8349-176048B84E73.jpeg5364A02D-3307-4B91-85FC-C343810140E3.jpeg53226C89-AE5B-4E17-8D53-35B576C5108D.jpeg
 石は二つ重なっているように見える。近寄って手のひらで叩いてみると、かすかにビュンビュンという響きがする。ここで人々は峠越えの 安全を祈る祭祀をしたのだ。

0971C510-8273-41A1-85CE-5A74FF57768A.jpeg
 立科町の立てた案内板はわかりやすく解説してくれる。

4DFD39F5-E201-49AE-88BA-EB3BD928338E.jpeg
 雨堺峠から女神湖の方にちょっと行くと与惣塚が現れた。実は前回、与惣塚のバス停だの別荘地だの名前がよく出てきていた。でも何のことかわからなかった。

2FC5211C-51FF-4D3D-975F-DDC39FCC2136.jpeg556439ED-5B4B-4068-B7F8-7B238F76705F.jpeg
 こちらは石ではないので、目立たない。

3851F786-358C-4C1C-B7EF-816E9E3B5EBD.jpeg
 雨堺峠から蓼科山を望んで祭祀を行うその場所のようだ。


F106454D-03FF-415D-AB84-B5A7BD84CC70.jpeg1BB4FC28-10C0-498B-9446-ED4348E63EBD.jpegA14F3721-CCE4-443C-A7B5-28D563EC9296.jpeg22913B4F-AE7E-41A7-ADAD-4FB42FF61A21.jpeg
 女神湖近くにあるのが、鍵引石。

 さて、雨堺峠祭祀遺跡群のこの3つを確認したものの、中与惣塚と法院塚も与惣塚の近くにビーナスラインに沿ってあるらしいのに往復しても見当たらなかった。今日のところはここまでにして、またこちらに来たら気をつけて探してみよう。

425F1A06-9A37-4ECA-9506-81B2D5F14FF6.jpeg518D81A1-1A45-4B31-AA0A-74751DE76D93.jpeg
 雨堺峠からはだいぶ下って、ビーナスライがシェルターに入る横に歩道がある。六川源五右衛門新道といって、明治中期に源五右衛門さんが大門に至る馬車道十数キロを独力で通して、植林もしたとのこと。ちょっと道にはいってみると、ズミの花が花盛り。
0B25F903-6C4B-4582-944D-06B354722445.jpeg
 我が家のズミは終わってしまったけれど、山のほうではまだまだこれから見られそう。

F0576BF8-93B8-40FA-A7BC-BED8F42349B3.jpegFF34E7BD-EE68-4FF9-A66E-04EC1FA6D883.jpeg
源五右衛門さんの住居跡の石碑もあった。

田んぼに水が

 連休の後、田んぼに水が引かれ出した。田んぼ一枚ずつを順番に満たしているように見える。
C2C96941-43CF-4118-B004-204B22B35E9C.jpeg9A4D2DE8-3D29-481A-8132-772F3FAE43DE.jpeg
 今や殆どの田んぼの水がいっぱいになった。水が引かれて夜になると、カエルの鳴き声がものすごい。

89CE0FC9-D869-47F5-9119-B2C57632D7F7.jpeg
 夕方、隣の田んぼにトラクターが来ていた。沈んだり、傾いたりしないか心配して見ていると、そんなことにはならず、ちゃんと仕事をしていた。この作業を代掻きと言うんだろうか。この後、水の濁りが無くなって、澄んできたら田植えをするらしい。

807A929A-BCF7-4642-B72C-2AE9BC602EF8.jpeg
 この辺りは江戸時代初めに作られた八重原用水が、蓼科から55キロ水を運んでいる。散歩すると用水をあちこちで目にする。
97E06D46-6EDB-4ECE-BC76-54337F9DF075.jpeg4F06BFC7-30C7-43D4-A792-F5E3F20A8FE5.jpeg
 時々水を分けているところに出会う。

8831E5D6-3D96-461C-A382-F07939CF0385.jpeg
 用水に沿って、たいがい道が付いている。管理が必要だからだろう。

2C93B68C-AAC0-48BA-AA56-0475BF0142BC.jpeg
B45A18BE-9FAE-491D-942F-48D588DA1AF2.jpeg
 用水沿いにミツバウツギが咲いていた。

0807479E-1491-460A-BD97-C092DC26F5E2.jpeg
 こちらはタキネツクバネウツギ。

244528C0-7BC7-48B5-8118-B502FA2EC90F.jpeg5046963C-5368-460E-97B0-5B644CCEC094.jpeg
 ピンクのヒメジョオン。

3F67270F-E71E-4635-8621-B8D88E4E5CE5.jpeg
 今日もウスバシロチョウがいた。

征馬慰霊ノ碑

 芸術村公園の端に馬の像がある。
809F2721-99B7-44A9-93EC-DEE60CC99140.jpeg
 あまり大きくないし、サラブレッドみたいには颯爽とはしていない。ちょっと可愛らしい感じ。

B7B406B9-27C4-4FA0-B1F7-54DB27636D5F.jpeg
 通りかかりに見るたびに、この辺りは望月の牧に近いから、かつて牧だったことに因んで立てられたのかと思っていた。

今回は説明板を読んでみた。
 支那事変
 大東亜戦争
 征馬慰霊ノ碑
 1995年
 贈 柳澤代重之建
 彫刻 舩山滋生

14AD3801-C6E7-489B-A09A-A05F1132C9C3.jpeg4347F3A7-B95D-428C-A85A-9CF778636B49.jpeg
 支那事変、大東亜戦争とはどの戦争を指すのかしばし考えた。この二つの戦争を、歴史の教科書では日中戦争と太平洋戦争と言っているけれど、当時の日本はそうよんでいたはずだ。とすると、この碑を立てた人はあの時代に生きていて、戦争で供出された馬を見送った人に違いない。
 戦時の馬といえば、終戦間近に陸軍士官学校は佐久に軍馬と共に疎開してきた。その時に馬を明神池のそばに隠したのだ。まもなく終戦になり、今は付近の農家に安く払い下げた。この征馬慰霊ノ碑は明神池に近いけれど、そちらの馬とは違う、この辺りで供出された馬の為のものかと思う。

石の群れ

 近くを散歩するときは、まずこの石の群れのところに行く。
1542A383-4106-49F9-B71F-9CF219A5EFA2.jpeg
 池が見えて、その向こうに蓼科山や霧ケ峰が見える。

1890CCB7-4CAC-4834-94EA-84AE03272BC0.jpeg
 時には上が平らな石の上に座り込む。

9E41AE3E-2BFA-4FA9-A806-244CB0784162.jpeg
 この石の上もいい感じだけれど、登るのは難しくて一度しか成功していない。

33206F11-1744-412C-BABA-03EBB8D277C0.jpeg226380B2-6256-4D05-BA3B-965A4A9C9B79.jpeg
089F1367-BD65-46F9-91FC-0F0A06082E29.jpeg
 昨日は一つ一つの石を登り降りしてみた。若い時は軽く登ってひょいと飛び降りたルベルのものが、やっとになっている。筋力も無ければ、バネもないのだ。小さな子供なんか自由に遊んでいるというのに。年を取ると体のしなやかさが無くなり、体の中の粘りみたいのが無くなるのを実感した。
 これからは散歩してここを通りかかったら、それが可能な石は一つ一つ登ったり降りたりしようと思う。案外面白いし、山歩きのトレーニングになりそう。

ウスバシロチョウとベニシジミ

今日の散歩ではウスバシロチョウを見た。
D7392020-502A-4E1F-ABB3-F053B6F3CDC9.jpeg3571493A-C4EA-4832-A466-0BC13DB0B00D.jpegA64765C2-7681-4AC4-A896-9246A6EF519A.jpeg
 高尾山の麓で見て以来だ。

C70B3A46-F79C-419A-858E-6EA54D71B168.jpeg68CA1E7B-243C-4C13-8637-7EB8F35E8F67.jpeg26A07C71-5411-46D8-B88A-314F639617B0.jpeg
 ベニシジミはよく見るけれどiphone のカメラにはなかなか収まってくれなかった。

狸が来ている

朝早く、庭を見ると今日も狸がいた。
A7FE7A8A-4E42-4ECF-A52C-DB9BC9DE7F62.jpegF813E909-31DE-44B0-BF08-E475E9CD3FF4.jpeg
 昨日もいたし、その前も居た。スズメのために毎日お米を撒いているから、それを食べに来ているのだろうか。

2D30670B-A81F-4684-ADFB-6A151E4287B4.jpeg8ABBC488-393E-4803-A144-A48A703F3414.jpeg
 庭には家人が古米を毎日撒いているからスズメが沢山来る。巣箱で子育てをしていたけれど、もう飛び立ったらしい。最近はキビをあげたらスズメは食べなくて、ヒワが食べに来ていた。猫もスズメを狙っているらしくよく目にする。
 

カラコギカエデ

 昨晩はずっと雨が降り、昨日植えた苗がいい状態。庭の植物は物凄い勢いで成長している。今日も午後は雨が降りそうなので、午前中軽く散歩した。ゆっくり歩いたので普段見過ごしていたものが、目に入ってきた。そして今日は名前がわからないものは、その場でgoogleレンズで調べた。
08D711DC-BD20-43DF-BCDC-6D0CF62B4838.jpeg44F5F7A8-4F00-423B-8B0D-F49024FEB10F.jpeg
 家のそばの耕作放棄地にあるカラコギカエデ。20年ほど前、こちらにきた頃は畑だったものが、今やすっかり森になった。

0D51D942-3241-4FF5-98FC-014CB91DE600.jpeg
 ご近所にある大きな木。エゴノキ属のハクウンボク。これはまだ実ではなくて蕾だろう。

514ACDA6-86B9-49A2-BAA5-B25B11F183B1.jpeg
 見慣れないオレンジ色のタンポポみたいな花。一面に咲いているところがある。調べてみると外来種のコウリンタンポポ。一昨年、青森の三内丸山遺跡まで歩いた時に一面に咲いていた。綺麗なのだけれど、増えすぎるとちょっとまずい。

3ACFA91B-C975-464B-B6AA-4993CFB1D2BC.jpeg
 赤い小さな林檎の実みたいのが見えた。でも木はコナラである。虫コブのように見える。調べたらこれはナラメリンゴフシという虫コブで、ナラメリンゴタマバチが作ったもの。ここまでの観察はgoogleレンズ検索利用。

592755DC-FD20-4DBA-9E3B-996824F2AD47.jpeg
 黄花のレンゲツツジが咲いていた。湯の丸高原のレンゲツツジは1か月後だから、標高が1000メートル違うとそのくらい季節が違うわけだ。

71D06BF4-FC73-4C58-AF66-F13A69D48AD6.jpeg
 ヤマボウシも咲き出した。

C1FCC68F-FB03-409C-B9EA-00C20716D535.jpeg
 くるみの木に絡む藤の花。

0083A965-C6B8-473B-9445-C2B158538930.jpeg
 我が家の藤は1週間前が見頃だった。

26F447E2-C1E1-4193-BC88-62112F92B6A5.jpeg47F6191A-05C9-40F4-9372-5E69759087AE.jpeg
 近くの諏訪神社にもホタルカヅラがあった。もう一方は候補としてナルコユリ、アマドコロ、ホウチャクソウ。ちょっとわからない。

32715CFB-A791-44A5-886B-8EAAD5274055.jpeg
 我が家に戻ってベニバナトチノキ。

庭の白い花

 桜や林檎などの木の花も、チューリップや水仙などの球根の花も終わって、今の庭は華やかな花があんまりない。でもよく見ると、白い花が咲いている。
85D72430-6D25-4945-8201-43DDB4A9DD66.jpeg5407037F-B072-46DB-8C94-2641B9B95415.jpeg
 オオデマリは一面に花が咲いて存在感がある。

35EC4331-9158-4683-B752-8486747D1592.jpeg
 ブルーベリーの花はもう終わりの方。

B51B1B3E-1606-4656-BC27-E332E254059E.jpeg
 分葱(わけぎ)の葱坊主。下仁田ネギなど昨年からあるネギは今年は苗を買わずに増やそうと思うので、全部葱坊主を取ってしまった。でも天ぷらに使うつもりなので、分葱の葱坊主は少し取っておくことにした。

3F0825C7-B305-4CE5-A458-D3A5EA172769.jpeg
 まゆみの花。

AA8DFB8B-20C4-4D94-8611-36AE7783CBBA.jpeg
 ツリバナの花。まゆみもツリバナも花は小さくて地味だけれど、実がファンタスティック。

566C9619-129D-4367-8EE8-C901BC58E733.jpeg
 イチゴの花は白が普通なのに、今回は紅花を撮ってしまった。

38278729-07F4-473D-945F-D2D090122702.jpeg1D294C4F-603B-4406-917E-5D8815A34E14.jpeg
 この花を植えたのをすっかり忘れていた。草むしりをしていたら、ギボウシの中に発見した。ちょっとギンランに似ているけれど、名前がわからない。そこでGoogleレンズの登場。ツリガネスイセンだった。

89E8D9FE-FD88-493D-8759-53B7579859D9.jpeg
 こちらも植えたのを忘れていた。そしてこちらもGoogleレンズでオオアマナであることがわかった。

8D9038DF-AFAB-43FD-87EF-1BD0DA5D2FBA.jpeg
 アマナと言えば、4月の下旬に小諸市の鴇久保(ときくぼ)ビオトープで見たキバナノアマナを思い出した。

 Googleレンズは昨日友人から教えてもらったばかりの機能である。撮った写真を使うと情報が出てきて、あっという間に名前が分かり、とても便利。AI技術が私の所まで降りて来たのを実感。


内山牧場

 内山峠を通るときはいつもコスモス街道をまっすぐ行ってトンネルを抜けていたけれど、今回は内山牧場に登って佐久の岩村田におりてみた。
3C9B07D2-4E18-464E-9D0F-374C9DBE361F.jpeg
 下仁田のあたりからはそそり立って見えていた荒船山の艫岩が、同じぐらいな高さになってくる。

68974C06-F893-4660-AAE3-0A9B0F323CE6.jpeg
 かなり登って行くと思いもかけず平たいところに出て、そのあたりが内山牧場だ。右にちょっと行けば神津牧場だ。眺望が良くて気持ちがいい。

21CB9308-7FDF-4231-8452-D4BBD4630556.jpeg
 荒船山の艫岩と山頂が見える。眼下にはキャンプ場。

C7023258-2BED-42A8-B019-851532F1BF33.jpeg
 雪を抱いているのは八ヶ岳連峰。くだれば佐久なのだからその向こうは八ヶ岳だ。

E88BE8A8-6667-4CAE-8033-1CF39DF68185.jpeg
 そばにあらふね湖がある。この辺り気持ちよく散歩ができる。クロカンコースもあるから冬もいいかもしれない。

D5A58463-0DF8-4F29-800B-CFB7D2AE7FAA.jpeg
 湖のそばにツボスミレが咲いていた。日本で一番小さなスミレらしい。

C6FA7E3F-4C72-404E-8341-A643B0ABC61B.jpeg7A6558A6-4843-4B65-A3E9-6B3199ADAD23.jpegD1C6AFE6-CFE9-4155-A3C9-4EE0116BE973.jpeg
 佐久に下って山が終わりそうになるころ槌ケ崎公園があった。実はここを見るのがこの日の目的だった。先日長門牧場に行った時に雨堺峠から八丁地川沿いに望月に下った。山が終わりそうになった時に巨大な石切場を通った。あとで調べると鉄平石の石切場で、佐久市望月町は主力産地である。そうして佐久市のもう一つの石切場は槌ケ崎公園あたりなのだ。行ってみたら岩がそそり立っている。あとリンガを思い起こさせる円柱状の岩もあった。岩というと磐座になっているところが多いけれど、こちらはあまり神様の気配はなかった。



サワフタギの花

 今日は雨が降りそうなので畑仕事は休みにして、降る前に散歩した。調べるつもりで葉っぱを持ち帰った。
692D8B74-5FE5-49FA-BBD2-460D7B5366D3.jpeg
 だいたいあたりをつけていて調べて確認したの以外はあまり進歩がなかった。ただ気をつけて見て歩いたせいで普段気がつかなかったものに目が入った。

F3B56960-B9C6-4890-B201-1D179E20988B.jpeg49FE361E-4D24-404D-8C8C-F8D074208398.jpeg
 何年も前になるけれど植物観察会で女神湖に行った時にサワフタギの青い実の美しさに感動して、ネットでサワフタギの木を取り寄せた。大事にしていたのに、あまり成長がはかばかしくなく、花がちょっと咲いたぐらいに推移していた。それが今日、近くの散歩道で花が咲いているのを見つけたのだ。何本もある。子供もたくさん生えている。これからはこの辺りを散歩するたびにチェックを入れよう。

9356D036-B858-49E7-9E9E-FB71D8BDE435.jpeg
 サワフタギのそばにギンランが咲いていた。身近にギンランがあるのも嬉しい。でも2本しかなかった。

6754A267-D9F5-4181-9A81-57942E0BB5B0.jpeg
 こちらは出たばかりの葛の葉。葛というと夏の盛りに旺盛な繁殖力に圧倒されるけれど、その年の最初の葉っぱ、はまだ赤ちゃんの初々しさあがある。

E2028E49-A1AB-4FD5-A9CD-5054AF412AF5.jpeg
 ニシキギも花盛り。

E4D63A86-1A51-473C-8631-F1FF8840094C.jpegC590B84C-A908-4317-AE33-C185698A25F3.jpeg
 我が家の庭にはベニバナトチノキの花が咲き出した。

9BB8E2B5-9A2C-4AB7-B4AF-B4A47733BA7E.jpeg
 笹にすっかり覆われていたところを、昨年から笹を刈るようにしたら、以前植えていてすっかり姿を見せなくなっていた植物が復活し出した。この黄色い花のことも忘れていたら、今年は咲いている。でも名前が思い出せない。ネットで調べてやっと分かった。キバナホウチャクソウだった。

トルコのサモワール

 普段はまず開けないところを開けたら思いもかけないものが出てきた。
7ACB9501-D1B8-4059-8B6F-D28C4FFC4A49.jpeg
 トルコのサモワール。

 息子が高校生の時に外国に一人旅をさせることにした。どこがいいか聞いたらギリシャがいいという。ちょっと上級編の気もしたけれど送り出した。果たして最初は心細い電話をしてきた。でもそのうちに日本人のバックパッカーの行くような宿に行き、トルコにも行って帰ってきた。その時に背負ってきたのがサモワール。

6183FAF7-6389-440F-8F38-2BEA8B4EF2DC.jpeg
 あとソクラテスの置物を買ってきた。

氷集落から布引観音

 3週間ぶりに氷集落から布引観音に行き、山の中を布引いちご園に戻るコースを歩いた。明日は1ヶ月ぶりにさいたまに戻る。お土産のいちごを買うのが目的だ。
1B7D6203-A0A5-4B2A-BB59-00DC5B08AC79.jpeg
 3週間経つと、植物の状態が随分違う。森の中で一面に咲いていたのはコンロンソウ。

E11DB159-0375-4FE1-9474-364BADDEE4F7.jpeg
 ヒトリシズカは今年初めて見た。

40E6E355-0301-4E91-B093-3DD7C8F3C232.jpeg
 イカリソウ。氷集落の付近に多かった。

ED67E6F9-8D1E-473D-A58C-AA2A8E93F6B2.jpeg
 ニリンソウ。

C6E5EA6A-7E95-41A7-8754-582747DA09B0.jpeg
 マムシグサ。

688308FD-174D-4E22-90B8-6FC3E135DA80.jpeg4A140D1B-7E44-42A5-8040-6070ADF07A51.jpeg
 氷集落のお宅には鯉のぼりとのぼりが立っている。明日は子供の日だ。

BBDDA717-F9B8-4CE0-BD5D-03189CCA0E57.jpeg
 ダイコンソウが花盛り。

34539279-AB27-45CE-A0A5-C999E956A8D3.jpegD244D523-BAB3-4C79-8ED5-BC2D00CDF3CC.jpeg37AB3ADC-E00A-4030-9FB4-90522174201B.jpeg
 千曲川が近づいてきた。去年の台風で川沿いの道はまだ通行止めだ。この散歩道も実は通行止め。何か所か崩れている。でも通り過ぎるのに支障がないので、前回も今回も利用している。

44791DDD-D68B-4D0B-B1B6-CE434872981D.jpeg
 布引観音の桜は終わっていて、新緑の景色。

C0D87D09-FE3A-4D79-8B97-676F25D70494.jpeg  
 境内を出て山のほうに歩き出すと猫がいた。昔、布引観音には参詣者と一緒に登る有名な猫がいたというけれど、この猫ちゃんは活動派ではなさそう。

9B8E0B64-EF0A-42BC-994D-1CC1ABF8DB47.jpeg7FFB65C4-27FF-485C-8312-7F97FD38969F.jpeg
 もう少し行くともう1匹猫がこちらを見ていた。こちらはお寺さんで飼われているのかは微妙な雰囲気。

781BD9F1-FE3E-41CD-A5AE-06348CD51F32.jpeg
 お寺さんにはムラサキケマンとキケマンが沢山咲いていた。そして山に入っていくと、いろいろな花が少しずつ登場した。

A560B768-9D6C-4942-9895-2104D580CAAE.jpeg
 エンレイソウ。

6609CA02-EDD3-4C3F-9071-1A83EECD55CC.jpeg
 ラショウモンカズラ。

2297A671-9A00-433B-90A4-F70A0B6E064A.jpeg37426AA2-FE6F-4017-902C-8F62F0249F3F.jpeg
 フデリンドウ。

A6C3FD25-8928-414D-99B5-248526EFC5B8.jpeg75DE53AF-159F-4132-9EE5-B47AA2548F6A.jpeg70F715B7-9B1D-4DE0-8F64-131D3B930688.jpeg
 ワダソウ。姿が控えめ。久しぶりに会えた。

AD13DC99-13D4-4EBF-B9F8-DC62EC8D29A0.jpeg
 安藤百福センターの敷地には小さな黄色い花がかたまって咲いていた。なんだろうと近づくと鳥が急いで飛び立った。体に赤オレンジの部分が見えた。この黄色い花はよく見たらキジムシロだったから、キジではなくて他の鳥の住処になっているらしい。

49A7D0E0-2B29-4ADE-9B3C-1235CDEB7142.jpeg
 布引いちご園の中の荒れた通路には翁草が一面に咲いていた。

9E983328-3190-4BB9-A55E-A32F2D58280C.jpeg8B04957D-08C0-4EC9-AA20-7B2B8467CA97.jpeg
 中にクリーム色のがあって、こちらは翁というより、とっても可憐なイメージ。

8E590410-6B75-4C35-8DAF-8064E19F6D98.jpeg
 最後にいちご園で完熟いちごを買う。これって今までで一番たくさん。

野菜苗を植えた

 連休に野菜の苗が出回るから、その前に畝作りをやった。鍬でもって畝の間の溝を作り、堆肥と苦土石灰をまき、耕す。この部分が一年で一番大変な作業だ。あと何年できるかしらん。
 畑は正味100坪ほど。うち4畝は家人が久しぶりにジャガイモを植えた。全体の4分の1ぐらいか。考えてみると我が家ではジャガイモよりも玉ねぎを多く必要とする。カボチャだってジャガイモより多く食べている。だからそんなに必要が無いけれど、ある程度畑を使ってもらった方が私の負担が軽くなる。

FF747E53-1B35-4A8D-876B-4ACDE288ABAD.jpeg
 畝ができたら黒マルチをかける。以前は稲わらだけで育てていた。黒いマルチは自然感を損ねると思っていた。けれどもサツマイモをつくってみて出来があまりに違うのにびっくりした。マルチは畑の地温を随分あげるようだ。それに雑草が生えないというのも凄い。

7FF1F1EE-4C0C-4A82-AE4B-D304A6F31A5D.jpeg
 玉ねぎは順調に育っている。

EDFD56C5-DA58-42F4-A190-9E9884782305.jpeg
 イチゴは昨年秋に植えておいて、ここにきてマルチをかけた。植えた時にマルチをしたいところだけれど、冬の寒さに会わせないといけないらしい。この後、鳥対策にネットをはるつもり。前から植えていたところのイチゴも花を付け出した。こちらには凄い勢いでスギナが生えてきた。スギナは地上部分を刈っても地下茎があるのでそちらをとらないとダメとは知りつつ、スギナを刈ってイチゴを救出した。私のイチゴのかわいがりようは大変なものだと思う。でもあと一ついい収穫が出来る気がしない。ま、何事も技術が少しずつ向上していくのを待つばかり。

B4D88E38-1DAB-4781-9763-3A8B0FD04920.jpeg
 夏の一番の作物はトマトである。トマトは皆がとっても好き。こちらの気候では屋根を掛けなくても割れたりしないし、ナスや胡瓜よりも実がなって収穫するまで時間を置いても巨大にならない。色々な苗を植えた。種子もあるから苗にして、あとでもっと植えるつもり。

88106442-7DD6-45EB-BB72-75834BC69C0E.jpeg
 ナス4本、ピーマン4本。ナスは水を切らしてはいけないという。今までは植えたらそれきりだったから、たいして収穫出来なかった。

F8235BB4-8ED5-4533-ADF7-4E0629D21A76.jpeg
 カボチャ4本、スイカ3本、プリンスメロン2本。カボチャは今種子から苗作りもしている。スイカは元気が無いのがある。この辺りは5月に入っても遅霜なんてこともあるし、まだ地温が上がっていないから行燈といって、4隅に棒を立ててビニールの袋を立てておくのが有効なよう。行灯のかわりに藁束を周りに置いた。
 今までは畑作業というと2、3日来ては必死でやっていた。今回はもう1ヶ月もいる。それで、毎日畑仕事をやれている。あとネットで作り方を調べるゆとりも出来た。

 さてブログに載せた黒マルチの写真を見て、よそ様の畑とあまりに違うのに愕然とした。皆さんなんであんなに綺麗にマルチを貼れるんだろう。今度マルチの上に水を撒いて綺麗にしようか。


庭のチューリップ

 オランダに行くたびに帰りにチューリップの球根を買ってくる。秋植えると翌年の春に咲く。咲き終わると姿が枯れるけれど例年そのままにしておいた。翌年そのうちの少しは花を咲かせ、前年買ってきたのは美しく咲くのを繰り返してきた。
376D6318-FE6B-4AC0-98C2-DB5E3E0C876B.jpeg
 最初のころ買ってきたのはもっぱら黒いチューリップ。実際には濃い紫である。もうなくなってしまったかと思っていたらクリスマスローズのそばにヒョロヒョロしたのが咲いていた。

4D33881C-A7D0-4BAB-B25C-11E6EDF802E0.jpeg8D067F0F-D69B-4D22-B0E5-D1AED2532BCC.jpegC5891235-919A-482F-98C6-906A6A26099D.jpeg
 こんな風にまとまって咲いているのは一昨年のもの。昨年植えたのは一つ一つ植えたのだからこんな風にはなっていない。状況がいいと翌年一層増えて咲くみたい。

AC64F830-F885-42CB-947C-E0A64D3C4F41.jpeg7B69D464-8E13-4B85-A181-01B168C409A5.jpeg
 マーブルのも一昨年植えた。

6C6A551E-47C1-4EB9-8670-4DE43880028D.jpegCF72DA4F-F824-41C9-B177-FE3D56DA27B2.jpeg411C4507-95BA-4402-A265-A9702E366D37.jpegCCAB0AAD-2EE7-4110-9D77-A4368ADDBCAE.jpegA9707670-48D3-43C3-8AE2-B1FB5A8245D6.jpeg
6C8B3648-AACF-47F9-B2E1-DF393A464ACA.jpeg
 昨年はミックスというのを買ったらしく、八重だのいろいろなのが咲いている。
 ところで、昨日はネットでチューリップの育て方を調べてみた。花が終わりそうになったら、上の方でカットする。チューリップの葉っぱが枯れてきたら引き抜いて、茎と根をもぎ取る。そうして秋に植え付けるまで玉ねぎの保存のように、ネットに入れて陽の当たらない風通しの良いところで保存する。チューリップの球根にとって日本の熱い気候はよくないので地中に放置しておくと咲かなくなるとある。そうしてみると、いくらかのチューリップは数を増やして大きく咲いていたところを見ると、ここ八重原台地はそれほどのダメージを与えなく見える。したがって、花の咲くまでだけでなく球根が充実する時期までを大切にしてあげれば、翌年は同じ場所でも増えて大きな花を咲かせるのではないだろうか。
 いずれにしても、チューリップの植えてある多くのところは花壇としてその後の花を植えるから、大部分はネットの教え通りに球根を掘り上げようと思っている。今の状態だと、一種類だけでなく各種入り混じっているから、今後の課題としては黒チューリップを大量に咲かせる方向に持っていきたい。また買ってきて、その部分は強化するつもり。


ズミの花

 東側の道の方から家の敷地を見ていたら小ぶりな林檎の花みたいのが沢山咲いている。

E78800A2-B58A-472E-9D1E-9D478180F27B.jpeg
 こんなところに林檎の木を植えた覚えがないのにと、しばらく考えて思い当たった。ズミの木だ。林檎の原種みたいな木だ。日光の戦場ヶ原にはこの木が随分あったし、湯の丸峠の臼窪湿原にも大きな木があった。どちらももう少ししないと咲かないだろうけれど、遠くから見ると真白な姿がいい。

CF66E22E-A221-439D-AFE2-F396DAFB06F4.jpeg
 こちらは鬱金桜。ちょっと黄色っぽい。よく見るとその隣の桜の木が大きくなってしまって、鬱金桜はこじんまりとした木になっている。

B76FDB5D-C82B-4865-B37E-AB7D4292CB3E.jpegD8680641-8817-4384-9DA9-2CC7DA668A48.jpeg
 数日前から盛んに咲いている姫リンゴ。実ものというのは小さいほど実をつけやすい。トマトもミニトマトは作りやすいけれど、大きいのは難しい。この調子だとたくさん実をつけそう。一度ジャムを作ったけれど、ちょっと渋い出来だった。シードルが出来ないかと思っている。そばにフジが3本植っていてさっぱり花がつかないと思っていたら、やっと蕾が出てきた。フジの実ははいつも惨憺たる有様。今年はこちらにずっと居そうだから、よく面倒を見て、なんとか食べるところまで持っていきたい。

9CC4862C-380A-48A3-9412-BFFC6B6293D3.jpeg
 ジューンベリーも花を沢山つけた。小さいながら実も赤くて綺麗だし、食べることが出来る。


三峰・戸隠・蛇塚・御嶽山

 この状況なので、なくなった話だと思っていたら、1週間ほど前に4月中にまとめて提出してくださいと連絡がきた。でも毎日散歩・農作業のシンプルな毎日を送っているから、まとめごとの方向に頭が向かない。午前中に歩きに行くと、仕事をやる気がさっぱりおこらない。それでこの2日は午前中の散歩はやめてまず仕事をすることにした。なので今日は午前中に仕事をして、午後は農作業、最後に散歩とした。つまり、やりたいことの逆の順序で過ごすことにした。やるべきことは1日の始めに持っていかないとダメというのは経験的にわかってきている。それで今日の散歩は夕方になってから。
1C90400E-9C9A-4F12-9FBD-75D815A5439B.jpeg
 いつもの散歩道を横に入ったところに石碑が見え、その後ろに小道が続いている。そばに庭いじりをしている人がいたので、この石碑は何か聞いてみた。昔、二十三夜の集まりがあって、その記念として立てたのだそう。さらにこの方は10メートルほど小道を行った先にある三つの石の宮についても教えてくださる。3つは10メートルぐらいの範囲に集まっている。
CDF8AE07-57BC-43DF-B8C4-A821993FA753.jpegFF0C19A7-7CED-4138-A665-7F4882392671.jpeg149B038A-CF72-4002-A3D3-9527F62DC7BB.jpeg
 戸隠神社。この辺りは稲作地帯なので、講を作って戸隠神社に行って豊作のお札をいただいてきたそうだ。
CA6BFEF5-234A-442E-8EEA-3B414E692F67.jpeg7A216998-56F9-40BA-A40D-0D16E43E3903.jpeg
 三峰神社。秩父もなかなか健闘していたと見える。
EDE02AC7-E9B9-4397-8CDC-D76AC25F8DAC.jpeg3C87216E-A956-4BC0-8574-DEF1A192BA1B.jpeg
 蛇塚。昔この辺りに白蛇がいたそうで、どちらかの家が祀ったらしい。ということでこの狭い範囲に3つ石のお宮がある。この方は、数百メートル離れた方を指差して、あちらには御嶽山が祀ってあるという。たしかに散歩の時に何度か石碑があるのを見ている。ちょっと雰囲気のある一画である。  

C0550A7B-1B35-4FDC-BD27-B16E1BB73F2E.jpeg
 八重原台地のワイナリーであるシクロヴィンヤードの横の道を登っていくと御嶽山を祀る一画に出る。
 
513B33FD-6B87-4A06-B9E6-24CF4CA5FA37.jpeg7F937E66-E227-4150-B928-AEB94A123936.jpeg
 こちらが御嶽山が祀ってあるといいう場所。ちょっと暗くなってきたから、またあとでじっくり見に来よう。
 それにしても、神様の登場の頻度が高い。八重原台地は神様に関しては比較的密度が低いと思っていたのに、いらっしゃるところにはいる訳だ。思えば道祖神も目にするので、今度はそちらも気をつけてみよう。

余里の一里花桃の里

 以前にパンフレットをもらって桃の時期になったら行ってみたいと思っていた。我が家からは丸子に下って行けば程なくである。近くに「ともしび博物館」がある。
C5E6631A-DDFF-4ABD-83AD-CE3C4F480D97.jpeg8B97D015-6449-487C-AC1C-5962530BB448.jpeg5E27EE86-A04E-4351-B2D6-660C62292239.jpeg
 上田市武石の余里川沿いに一里に渡わたって桃の花が続く。余里川を遡って峠を越えれば中山道の和田宿である。

596765FC-5983-46B8-A062-F533D1910B73.jpegD837403C-CF67-45CF-A47A-264E06B9ECB4.jpeg
 下流の方を見ると、棚田のはるか先にまだ雪をつけた四阿山が見える。

E04310D1-D8DA-45A7-B5B2-50B0E23EDA57.jpeg558DCD25-0CC7-4D98-BDCC-CE232AD4CCE3.jpegA43F1115-F283-4BB0-9AB3-21C536F43F49.jpeg
 白梅と紅梅が多い。

2C60EB89-618B-4E91-A5D4-31177040E737.jpegC18001DC-38B8-4B1A-ADF5-81A56D6A49C1.jpeg
 こういうの見ると最近ミシャグチ神ではと思うようになった。

F94C5480-359D-403B-9311-3181D67F1CC0.jpegF5DABAE9-9FDA-43D8-8A85-CAF2082FF422.jpeg
 土日だけ営業してますというカフェ「まめ家」。

FDC473AD-46C3-4A5C-8432-518B02B639C2.jpeg6CF9FA9D-9A18-4FB9-9333-44E89BEFFB4E.jpeg
 例年ならお店が出たり、イベントもあるようなのに、何もやっていない。一ヶ所だけ耕運機で無人販売をしているところがあった。グラジオラスの球根を買った。後で思うと紅梅と白梅の苗も買っておくとよかった。

庭の山菜

 フキノトウの時期は終わったけれど、庭の山菜がいくつか食べられるようになった。
9B6AA185-FA7A-4B25-B0EA-3C8EC4A41BF8.jpeg
 菜の花はこの3週間何度も収穫し、よく食べた。いよいよ花が咲いて、これで終わりだろう。ウドは数日前に芽を出したと思ったらあっという間に成長した。タラノメは出始め。セリは池に生えているのはスーッと成長している。三つ葉はこぼれ種でたくさん出ている。

8E381CF2-6CD2-409A-826F-ADB7F691804E.jpeg
 庭の姫リンゴが咲き出した。桜が盛りを過ぎると林檎の花の出番だ。

049F6C5D-B7BB-40AF-AB91-7495298B0B84.jpeg
 朝、気持ちが良かったので林檎の花のそばで、朝食をとった。


藤森照信氏の茶室

 諏訪大社上社前宮から神長官守矢資料館まで歩いた。以前来たことがあるけれど、前宮からの位置関係を知りたいのと、敷地内にあるミシャグチ神を祀る宮を確認したいと思った。そして藤森照信氏の建築物は何度でも見たい。
9328AD28-4B51-4AC1-B7D8-C1596D3377B1.jpegF9E883EB-885E-470A-A571-0E2F5DAF3699.jpeg3B645D06-F971-40EF-9DCB-3359F1AE3D18.jpeg
 守矢氏のお宅は、前宮から歩いて10分くらい。

409305C8-BBE2-4DC5-813F-7D61C92DB104.jpeg2503305E-3990-4613-8BE1-473BE39261A8.jpeg
 邸宅の横に祈祷殿がある。

33C80CE0-E014-45A3-A16D-A30AC0F000C2.jpeg64FDA738-82C3-4AF4-9BD4-7D8F41069F86.jpeg
9F0A0D5A-FB87-4744-BF6C-92E064017539.jpeg27BFF3B4-FFD9-4FCB-B01E-4BB321C1FCFF.jpeg
 敷地のちょっと高いところに、ミシャグチ神を祀る小さなお宮がある。

76917385-961D-4191-8EBD-BCA2FC065D3D.jpeg
 藤森照信氏設計の神長官守矢資料館。今は時節柄休館中。

2448941E-0D67-4730-8B75-5D06A33744B1.jpeg38B64399-4811-44CC-B312-1D559EB219CB.jpeg94BFB458-26F5-4D45-931E-8BD2A30D78DC.jpeg
225C821A-0139-4274-B5C3-2A1D32E67322.jpeg
 裏に回ると代々の大祝の墓があった。

D0B86D33-475F-49B8-8AAE-3F1F03563F95.jpeg4A3A9A4D-5F50-4B91-9BF6-6B076CB520D7.jpeg40E31796-3085-4EBA-AB12-7CA5DC6D1FB3.jpeg
 藤森氏設計の茶室3つの一つ目「空飛ぶ泥舟」

47013364-5D05-4168-BEA7-18E528E069FF.jpegFD1857E0-13AD-4C98-A960-17E4CE3E8373.jpegC9E36336-E118-4351-97E5-51FBBDA88A94.jpeg
 「高過庵」たかすぎあん

E7DE5359-C773-4E28-86F5-F8D9F3BF9781.jpeg
 前回無かったこれは何かと思ったら3つ目の茶室「低過庵」ひくすぎあん

D175AA9C-5969-47E3-A886-A385049F4433.jpeg
 この後最近整備されたらしい「鎌倉街道」を歩き、前宮に戻った。いやその前に、地元の人と30分も話しをした。何事にも詳しくて、楽しく御説を拝聴し、中でもマグネシウムを多く含む豆類をたくさん食べるといいというのが参考になった。おかげで今日は朝も昼も納豆を食べた。1ヶ月三食納豆を食べると体質が改善すると言うんだけど、そこまでやるのは難しそう。

諏訪大社上社の前宮

 諏訪大社というと、下社秋宮の御柱祭を見に行ったことがある。その後、神長官守矢資料館に行った。でも諏訪大社のことはよくわからない。何しろ諏訪大社は4つも宮があり、その関係もよくわからないのだ。
 最近諏訪大社の神長官守矢氏と生き神様であった大祝(おおほうり)の関係、あるいはそれ以前のミシャグチ神信仰などを知るにつれ、諏訪には何度も行って、いろいろ知りたいと思うようになった。今回は御神体と言われる守屋山に登ってから諏訪大社上社の前宮に行った。  

7DEA2193-E2ED-4FD9-8C2E-5ED795FE521F.jpegA5119D67-434A-4C45-BD1F-23047C091A8A.jpeg
 前宮の駐車場に車を置いて道路を渡り、鳥居に向かうとすぐ右手に溝上社がある。安国寺史友会の要を得た案内板が要所要所に立っていて、理解の助けになる。今回のブログは史友会さんの案内板を一緒に載せることにした。

375E9C6D-146F-45B9-BD41-238A8221BD5A.jpegF5688F3C-8B82-4621-8858-7987D30FF713.jpeg
 このあたりは神殿跡で、大祝の居住地だった、

1E9D5CC2-B994-4C13-8AD8-AD256E63B014.jpeg8A842FF0-EFB7-4316-9085-44196FD38EE3.jpeg5DA6DFDE-81CF-4175-AB2D-B9C86285DA27.jpeg
 十間廊は祭りや儀式が行われたところで、大祝が高座に座した。

A40D9C37-77D7-4AC5-8493-025B120D7440.jpegCBDC4EBF-FF46-4567-B055-812DDEAC1068.jpeg
 十間廊の前に神子屋があり、ここで舞楽が演じられた。

6D2723F7-3B32-4FCB-BBBC-613C1516E762.jpegD7D4F16D-417D-4876-BB63-BAD885305629.jpeg
 内御玉殿は諏訪明神が宿るとされた御神宝を置いた建物。

E160108D-7CA2-4ABF-ACD0-1751217E893F.jpeg
 大祝に関連する上記の部分が下の段で、前宮の本殿はここから100メートルほど登ったところにある。かつては全体が神域だったと思われるが、今はこの間に民家が建っている。一部は公園にする工事をしていた。

26E2001C-7B54-466D-AD89-AE28A8930890.jpeg5CA8D31A-E485-47D4-A202-7264338D41CB.jpegA9C6B6D1-3DD4-4A4F-BF2F-6C23FFDE6202.jpeg
 本殿に行く間この流れの両側に大祝の家臣たちの屋敷が並んでいた。

8408CDC1-082F-4859-9B9A-D7524B783C92.jpegBB05581A-7944-4E93-964E-BA0C26402702.jpegD9FA9ADC-6CAF-4D7B-985B-2E884F0D5543.jpeg 正面に本殿が見えてきた。

2AB5DC0E-3C0E-4375-82FD-86E868ECF170.jpegDF89868E-2277-41A2-86E6-FFB3F71BF162.jpeg9FF25A77-335C-4C42-ACA3-B3A2F8FE0703.jpeg35A7170E-B886-4464-A386-6D8D7A205997.jpeg
71967722-AF18-4E9A-B74E-832D5CA48AF3.jpeg
 四隅に御柱が立っている。

6E6907FD-DD73-4A74-816E-FDCDC90D6AB8.jpeg80E31EFD-F695-47A8-A1F2-9C4AD88AB0EF.jpeg
 上社の前宮本殿の森は遠くから見ると、本殿周辺だけに狭められている。諏訪大社の元の形を最もとどめていると言うけれど、古い形ゆえに、明治以降に国家神道にそぐわず、敷地を狭められたのだろうか。

守屋山に登る

 諏訪大社神社の後にそびえる守屋山は御神体の山でもある。かねてから登りたいと思っていた。守屋といえば、物部守屋とかかわりがあるとされ、諏訪大社の神長官も古代から守屋氏が務めてきた。善光寺の本堂にも守屋柱というのがある。
 高山には雪があってまだ手強いのに比べると標高1650mで標高差400m、多くの人に親しまれているというから、この時期登るのに良さそう。ただ東御から1時間半かかる。ちょっと早起きする必要がある。でもそんなこと言っていたら何時迄も登れないから今日は7時起きだけれど、決行した。
E865EDAD-8E8B-4E33-8D74-D9D84B7DEA2F.jpeg
 10時登山開始。ここまで40分ほど歩く。前はここまで車で行けたようだけれど、今は車は通行止めになっている。

5216B4D2-FADD-43B1-A46A-5D87AAB345C4.jpeg
 守屋山の山頂からは南アルプス、中央アルプス、北アルプス、八ヶ岳がぐるりと見える。この写真は南アルプスの左から甲斐駒ヶ岳、北岳、仙丈岳。

7ADC1839-7E57-47D9-8223-ABEC69A37A37.jpeg
 北アルプスは霞んでいる。

453AD9C0-040B-47EF-A677-DD6FE503F81C.jpeg
 中央アルプス。

55B036D4-4CEC-407F-AD4B-25A5C64F2F0A.jpeg
 八ヶ岳は全山見える。

8671C259-E342-467C-8207-11D09789EB10.jpeg
 眼下には諏訪湖。その後ろにあるのが美ヶ原。

0C7E85FB-EFB7-4576-A0B8-76C02D70F908.jpegF3FCA87B-0B93-40CC-8F35-553DFA54A8A2.jpeg
 東嶺の山頂には守屋神社の奥宮がある。
 頂上近くで、仙台の大学に行っているという男のお孫さんと登ってきた81歳という方と会った。孫と山に登るなんて素晴らしい。立石コースから登ってきたとのことで、どんな道か聞いたら、お孫さんによると岩が多いという。後で調べたら、こちらのコースは色々な岩があって面白そう。今度登るとしたら、そちらにしよう。
 下山は1時半。この後諏訪大社上社の前宮に行った。




長門牧場から女神湖 中央分水嶺トレイル

 長門牧場から女神湖まで歩くことにした。ちょっと標高の高いところに足を伸ばす第一歩である。
E0D0DC91-F62A-45F4-B8C9-1030D28D8A12.jpeg7C215921-770F-4B0E-B650-26889063B032.jpeg
立科町のツルヤではなくて、和子の交差点をそのまま入って役場の前を通って蓼科に登ろうとしたら、一つ谷筋が違うようで、姥ケ懐なんていう集落に出た。名前に惹かれたから、今度歩いてみよう。

E164B370-9B84-4246-840D-FF6A29F4FA8B.jpeg
姥ケ懐の集落の入り口には、巨木を切り倒した根っこが祀られている。

7AB4B1E4-5A66-4539-B936-B44C2DD1AFFD.jpeg80BDEE8A-BE95-4FA0-ACE8-FEDD85EEF8F0.jpeg
 長門牧場は5月17日から営業とあって、まだ休み。一本の木にいくつもヤドリギが生えている。周りの木を見渡してもほかの木にヤドリギは生えていないのにこの木にだけとりついている。ヨーロッパではヤドリギは縁起が良いとされているようだけど、木には負担じゃないのだろうか。

5ABF9652-3515-435A-B347-E47AA967A22D.jpeg7CEE1185-386B-4AB3-9CFD-12C38E86EA45.jpeg58024D95-AC05-4A06-B332-EF54CDA94A98.jpeg
 牧場の中の道を登っていく。長門牧場に寄る時は、アイスクリームを食べて終わりだから、こんなに広い牧場だとは知らなかっった。蓼科山が近づいてきた。

43EF91FA-DF2F-4860-AF37-61BFCEE2EE35.jpeg48C81293-FA9C-4CC9-944C-4AF70402116A.jpeg6BA3BD20-C20A-47B3-BA46-03E0E066C8C4.jpeg1E091201-6B66-460D-9623-1F18798964E4.jpeg
 牧場が終わって鉄塔の下に出た。地図があって、このあとどう行ったらいいのか考えさせられる。結局左に道をとった。でもこれは思っていたのとは違う道だった。県道に沿って道を模索しながら歩くことになった。

431E2BD2-F7E9-4FA6-8BB7-08AE2F6BBE9C.jpeg57068B3A-5F95-47F1-86F0-7237974F5281.jpeg
 うちの近くでは、もう大きくなってしまった蕗の薹がいい感じに出ていた。いくつか取って、夜天ぷらにした。

43C95896-32A0-4842-827A-5F4EFD3C149B.jpegD62FB506-3375-4FCA-8038-47BEEA26B452.jpeg0723AE4C-C36B-4ED9-BCFD-5963FBE10EA2.jpeg
 県道に出ると道の向かいにも牧場がある。

24724CE5-3084-4A4D-88B2-BBCCA3FAB182.jpeg61A5A965-1293-428A-93DA-7AD18522B427.jpeg
 その先にはクロスカントリーコースがある。一般の人の利用は400円。こんなところまで来て、このような人工的なトレイルを利用するのもどうなのかと思うけれど、こんな風に整ったところでやるのは集中できるのかもしれない。東御市にも湯の丸高原に高地トレーニングのフィールドとプールが出来て、大迫傑選手なども利用しているとあった。何しろ、こんな風に整備されていれば、蛇も出てこないだろう。

794551EC-DB8C-4EEA-845B-AA41EEC84AEB.jpeg58194626-E2B6-4E55-A672-4C8911D17CD2.jpeg88B5F137-2371-4D36-A1E9-C5194AB55D64.jpeg
 森の中の道を歩いて女神湖に出た。ガラスの教会がある。

D65CD9F0-4EF8-40F0-A6AE-923BF6F1FB04.jpegB103AFAC-4A38-4B60-A1DF-F8A2CE3915BA.jpegAA4AF7E5-5225-4510-8B26-EA215C61CC7E.jpeg
 女神湖のまわりは静かだった。チチカカ湖みたいな浮島がある。

00004906-846A-4AA9-801C-B909BF50C491.jpegAAD91752-EC9D-4CF4-B4D5-C5A836504028.jpeg4F6C9BE8-DCA4-4271-9704-8977798648EC.jpeg246A79C5-72D7-4F67-898E-C06A3AB55A83.jpeg585EB5F5-1E43-4015-9D00-0706B825A059.jpeg11281E8D-5CC7-430D-AC67-7BFC25EC837A.jpeg20BCC290-B702-47F0-A8FE-5E582449855E.jpeg
 湖の周辺は地衣類にとってもいい環境のようで、色々なのが見られる。

9F207345-5D7C-466C-A1A5-3954B423D88D.jpeg47E9E472-39BD-4A78-B0EE-AA2D7D15BBE7.jpeg
 狐がこっちを見ていた。

2A049F12-73C3-441C-96EA-94F2C069BA54.jpeg
 見失っていた中央分水嶺トレイルをジオグラフィカであたりをつけて、女神湖の先端の道を登ったところで見つけた。

209D63BD-70A2-4AD0-AFF3-23778E8ED488.jpeg
 トレイルはきちんと整備されていて、適度な間隔で表示が出ている。でも細くなったりもするし。水が湿っていて歩きづらいところもある。

4413E87F-940D-4E78-BC23-A6CDE09D7AE6.jpegEBD3F03A-C58B-4980-B3CE-02CCDBA82107.jpeg9383C370-2F86-4A34-855A-F0EFB643F285.jpegDF05E57C-14A5-4056-8D9C-4E28813109E0.jpegB50ECC8F-D911-4EA3-91E7-5C019230183F.jpeg
 八重原用水牛首小屋跡碑の石碑が出てきた。我が家の近くに流れる八重原用水は江戸時代に女神湖から50数キロ引いてきたとは聞いていたけれども、こんな山中に用水を守る小屋をつくって各地域が協力していたとは。
 最後は行きに通った牧場の上の鉄塔のところに出なければならないのに、案内板を見過ごしたようで、少し過ぎたところに出た。鉄塔のあたり、どうも道が理解しづらい。往復10キロちょとの歩き。誰にも出会わなかった。

袮津の所沢川(しょざわがわ)

 袮津に行くのは4月になって3回目。
127539AC-B2D8-4A97-837A-FFDA361AEFFD.jpeg
 その最初の時、まだ袮津公民館が開いていた時に寄り、頂いたのが袮津地域作りの会が作成した「根津ガイドブック」と「袮津里山 樹木・草花ガイドブック」である。袮津歩きは「袮津ガイドブック」に載っているところをジオグラフィカで位地を確認しながら歩いている。それにしても感心するのは、人口3万人の東御市の、袮津という一つの地域がこれだけの冊子をつくってしまう地域力である。

736B0691-8EE7-453D-A511-4E8F82538B53.jpeg
 そういえば祢津地区活性化研究委員会は「ふるさとを語り継ぐ祢津誌」を平成25年に出していた。500ページ余りあって2000円で頒布している。

 車を置くのは毎回袮津公民館。いつもどおり、まずは下の城山(しものじょうやま)に登ることにする。今回で3回目になる。
F3D43296-AEA2-4694-8FD7-5C65B4402B8B.jpeg
F50016FB-DDA9-4836-9B85-B3CEAF5AA926.jpeg
 歩きはじめたら、公民館横の用水の中に黄色い花が登場。花びらのひかり具合がキンポウゲ科のようだけれど、リュウキンカではない。後で調べたらエンコウソウらしい。

7E4513EB-AB18-4AC3-81BB-3981FC6F2E96.jpeg
 標高差100メートルちょっとの城山には遠目に桜の花が見える。

79AA4F3B-26C7-42FB-8FAF-B0744F486E9A.jpeg
 登りはじめに、前回は咲いていなかったキジムシロが咲いている。

BDE9027D-4772-4E87-9691-3F844BF052D6.jpeg7A3F201A-D399-4EA9-BDE7-27C27579C395.jpeg
 登山道にも山頂にも桜が咲いている。鹿島槍など後立山連峰は見えるものの少し霞んでいる。

F9FA6A63-C924-4912-97B1-0F66685FA690.jpeg1AAA2517-7339-40B3-B8C1-AFB11B27D0B9.jpeg
 城山を下って西に向かう。葡萄畑が現れた。今造成中の御堂ワイン用葡萄畑の下の方にあたる。

5CD03D42-4F5D-4DAE-9AD2-48B4C58392FD.jpegB6C86858-2ACE-4B57-B886-0FE885D1D5FB.jpeg
 ワイナリーの「Rue de vin」 に出た。

14674962-5C77-40F7-ADD9-D83707DE6B5B.jpeg
 道の向かい側にも「はすみふぁーむ&ワイナリー」がある。かねてから訪れてみたいと思っていたから、こんな風に歩いていて出会えるのは嬉しい。テイスティング200円とあって、気持ちが動いたけれど車で来てることに気づいた。

9343A223-AB5A-40F7-9ACC-833539680595.jpeg
 さらに行ってせせらぎ公園にでた。車が何台かある。釣りをしている。

6ADB18E1-60DF-499B-9C1B-2557E31034D1.jpeg
 岩魚や山女が釣れるという。しかも今日から放流が始まって釣れるんだそうな。こちらは岩魚2匹。

3B612217-DC5C-495D-BB74-9EC929F2773A.jpeg41954D64-2B6B-4269-AE93-12DC4DAD3523.jpeg95A83FE6-23A1-4266-88AC-96F9A3E31E6C.jpegA3E57857-790F-4333-9038-63D206D2D352.jpeg
 せせらぎ公園は所沢川に沿って遊歩道が付いている。端に出たので右岸に渡る。

 人がほとんどいないのだけれど、ちょっと先の方に三人連れの姿が見え、それぞれ離れて違うことをやっている。お父さんらしい人は読書、お母さんらしい人は絵を描き、娘さんらしい若い女性はバイオリンを弾いているように見える。

F86EA1FF-FFF2-4ED9-89BC-C0DB6280931C.jpeg
 私もそこからだいぶ離れて日当たりのいいところで、コーヒーとドーナッツで休憩。散歩にいつも持参していつのはポケトルという120ccのボトル。入れるのはコーヒーかココア。この公園はだいぶ昔に作ったらしく、今は人が来ないようで、のんびり加減がいい。

C1569A8E-9AC6-42B0-A666-1EFB495B7F25.jpeg
 所沢砂防ダムの下まで来た。

129DDDD5-3453-4AD8-AF32-5CDDB5BCE3E8.jpeg39613169-CB11-4B4C-9573-5DDB3CF0B920.jpeg91D80E52-A240-49D6-A4CD-21C5B41B7B62.jpeg
 今は使わなくなった発電用の水車が展示してある。ここから堤防の上には行けないのでちょっと回り道してダムの上にでた。

2FA820F1-7AE1-4B35-AD85-07FC648F8A82.jpeg
 堰堤の上にでた。でも上は歩いて入れないように柵が閉まっている。最近高いところが怖くなっているから無理には中に入らない。

39E50E7D-D439-4B1F-87B2-CFA08D4B11FB.jpegA526F8DA-C0CE-463D-8355-93921D646A37.jpegB8FCF234-5488-48BE-9C18-AE59D1F190DC.jpeg82594B65-EE31-49EC-88A6-1DCC5976BC2C.jpeg
 所沢川に沿って、せせらぎ公園の上をもどる。養蜂の箱がいくつも見える。桜も綺麗。

9D8C5F0D-CAB1-4267-9CF2-A65F85059471.jpeg0E47AF31-3991-4EFC-8FA4-0202ACBCE971.jpeg
 石垣に咲く紫色の花に目が止まる。ホタルカズラだ。最初ピンク色だったものが次第に濃い紫色になる。よく見ると蔓性の植物だった。カズラという名前からもそういうことか。

8FD7D810-358B-46FB-9A2E-F0D8B96B0317.jpegC5900A4D-9D77-4340-9EE0-7EAD3A3226B0.jpeg
 少し下ると「山の神」の表示が出てきた。

F9179B27-7484-4003-BA06-B6B8629951C2.jpeg
 下から見ると、山のほうに向かって覗けるようになっている。山の神が何を指しているのか、わからないんですけど。

E06066BE-F402-4F2B-A085-8C480C7DE038.jpegFAC0E7E2-AF78-44ED-B29A-41F312EFA312.jpeg
 山の神のちょっと下に「寸白大明神」の表示のある石が出てきた。ガイドブックには当初、個人が寸白(すばく・寄生虫病)の回復を祈願して立てた石神とあると書かれている。でも私はこちらは、元はミシャグチ神だったと思います。


花粉団子を持つ日本ミツバチ

 ボケの花が満開だ。
A8370E68-8E23-4F64-8EC4-7EFEF7CD42DD.jpeg
 そばに行くとブンブンいう音がする。見たら日本ミツバチがたくさん飛び回っている。

C5F43B60-0089-41C6-AB55-BC9875E37C2B.jpegBF925FBF-4C8B-46D1-94CD-886FED48B59B.jpeg
 花粉団子を付けているのもけっこう居る。マルハナバチは未だ飛んでない。

3CE25217-DC64-4B1D-AFCB-EE2521C8FCA7.jpeg
 今日の散歩は家から歩き。昨日は長野牧場に行き1万7千歩を歩いたから、歩く意欲が低め。でも1万歩は歩きたい。1本だけワラビが出ていて、取らなければいいのに、ついくせが出てとってしまい歩数計を見てもまだ2千歩。スミレが出てきて歩数計を見たけれど、まだ5千歩。
A3E1AE46-B164-4815-BC81-DB21C05AF450.jpeg
 最近見かけるようになった1センチほどのピンクの花。図鑑を見ても載っていないから外来種だろう。フウロソウの仲間だと思うけれどアメリカフウロでもないし、ヒメフウロでもない感じ。

0E0475C9-FA62-416F-8AA2-E00C871E0478.jpeg
 道祖神を見て、家にたどり着いてやっと1万歩になった。

旧分校の桜

 明神池の周りの桜が満開。
7E7FEC53-46F2-458E-B95F-548A561501E0.jpeg
0351D52C-4792-43A0-B3F5-F2FCFC754936.jpeg
 明神館の桜も満開。でもこの辺りの桜ですごいのは旧分校の桜。

5E261C94-09F7-44C2-95DF-10F7A9545292.jpeg091A7BBB-F14B-49C2-925C-70F6FB0D5FEC.jpeg85D117A9-4925-49A5-AFC2-BF2A993E43E8.jpeg76FA82C8-CC3F-49FC-A35D-6E7F8E1C9215.jpeg2045E702-7DAB-40CF-94E8-B555A9ECAB27.jpeg94F79B91-252B-4A3C-BE23-78CC2880D37E.jpeg8D9FCB0E-B446-4773-8A0A-6AC74247A80A.jpeg
 分校が現役だった頃に植えた桜だから、明神池が公園になった時に植えたのとは、古さが違う。でもよく見ると、大きな枝が払われたりしている。

F3101D6F-771B-4F92-9AFD-DBEBF70D158B.jpeg43096107-B5F3-4421-8D4B-AA082843380C.jpeg
 八重の枝垂桜や色の濃いのもある。

長野牧場

 娘が御代田にいた時に、岩村田に牧場があって、桜の季節は本当に綺麗なのだと報告してきた。何年も前のことだ。佐久市の岩村田といえば中山道の宿場町であるし、すぐそばには新幹線の佐久平駅がある。そんなところに牧場があるのは意外な気がしていた。今回は桜の時期なのでネットで「佐久・牧場」で検索してみた。地図を見ると、佐久市の美術館や図書館の近くに農場の敷地が広がっていた。
14765C70-08FF-4525-B036-40A323A7440B.jpeg23C77AAD-C4AD-468D-AF97-26AF130DA03D.jpeg
 図書館など公共施設の集まる駒場公園を抜けて牧場の敷地に入る。飼料用作物の為の広大な農地の中にある道がランニング用に開放されている。まばらに歩いている人影が見える。私もハジからハジまで歩いてみる。足元が土だから気持ちがいい。ジョギングしたい気にもなる。

06804BEA-B778-464F-A27F-9EB8E8D8D370.jpeg
 八ヶ岳の赤岳の方まで見える。

ABCDCF5D-12B1-4B9E-925E-00A48D1AE852.jpeg
 浅間山は最近降った雪で白い。

70F91082-EAFC-4ABF-A9C2-608F59511265.jpeg
セキレイだろうか。

97BA6E27-3D10-426D-87B3-EA8099C08430.jpeg
 トラクターが見える。

FA3DE9B2-45AA-4A86-8CA4-4D3C2F254733.jpegFD2DF65C-6F71-46FB-9050-F86D16ED5ECE.jpeg8467D13E-C106-40D7-872A-0283B584C99F.jpeg2C47A9F4-B37C-4392-A64C-A7F7B5A52A67.jpeg
 牧舎の周りは桜が満開だ。この感じ、北海道大学の第二農場に似ている。こちらの牧舎も是非保存に力を入れて欲しい。売店も自動販売機もない。こういうのとってもいい。

21D2F8D2-3EDF-441C-93CF-FC8F3F9BF06C.jpeg
 ヤギが見えてきた。

43295F96-09E8-439F-8FE0-6A5046C3CC84.jpeg74089E0D-BE0B-4B9A-9562-14E0BE0C778A.jpeg
 ヤギがよってきたのでタンポポをあげる。とってもおとなしく口に入れた。

EE089B40-A2D0-445B-9E02-685D33967A06.jpeg4054DBC9-BB72-4C7B-A98D-264B1AD39518.jpeg
 草をビニール袋集めてきた子連れの人のもとには、ヤギが何頭も集まっている。

5EDB1594-9978-48F0-A0B6-A4F50E4EABA5.jpeg
 こちらの牧場の正式な名称は家畜改良センター茨城牧場長野支場といって、明治39年に国立長野種馬所として開かれた。現在は飼料作物の種子を研究・生産したり、ヤギの研究と普及活動が主なようだ。

 興味深い話としては、終戦の年になって、この敷地の多くを使って岩村田飛行場が作られたことだ。海軍の秘密の飛行場だったという。そういえば、このまえ畑で話しをした人は、上田に飛行場があって、そこを爆撃した米軍機が飛ぶ姿を見たと言っていた。終戦の頃になると、主要な施設や都市が爆撃されたから、長野県の方に施設を建設しはじめたのだろうか。明神池の近くにも陸軍士官学校が引っ越してきたというし、松代には地下の大本営が築かれた。

スマホのポシェット

 最近の散歩はジオグラフィカで常に道を確認しながら歩いているから、スマホをしょっちゅう開いている。でもリュックに入れると出すのが大変だから、手に持つことになる。大きなポケットがあるとそれで済むのだけれど、スマホ用の小さなポシェットの必要性を感じ出した。
 先日、マスクを作ったっからミシンを出すのが億劫ではなくなっている。

15A6EDAC-1D40-4471-BCE3-B90744B893B3.jpeg
 布地は新橋の岡山県のアンテナショップで買っておいた畳表の縁。実はいくつも買いだめしてあるし、もうちょっと手の込んだポシェットを作るつもりでファスナーだの必要な小物も揃えてある。今回は極めて単純に袋部分を作り、紐をつけただけ。紐は若干弱そうなので、使ってみてから丈夫なのにしても良い。

346D3D82-0DA8-4A9C-B6E0-5AA893BAB93C.jpeg66FF4380-B057-4195-A356-5E5835C19373.jpeg
 ついでに、家人のジーンズ2本を繕う。こちらも頼まれてから1年以上そのままにしていた。

32CF6F6E-14A7-4A2E-B228-7554BD0C3C52.jpeg86875E87-90D7-4FD2-800C-EF94D206A397.jpeg
 先の2カ所の出来はまあまあだとして、この2種類の出来はあまりの不器用ぶりというか、乱暴な出来と言うべきか。はたして家人はこれを身に付けるだろうか。

7669E512-50F3-4A70-A9F9-FDCC58F25104.jpeg
 途中までやって放っておいた刺し子にも、裏をつけた。ずっとそのままにしておくより、完成していなくても、このまま使おう。

EB45935B-B386-4DEC-ABA6-E8AC2816B305.jpeg
 40年近く前に買ってもらったジャノメのミシン。ものすごく重い。

種子を撒く

 先日の雨で畑は水を含んでいて、数日天気が続かないと耕せない状態。連休には苗が売られるから、それまでに畝を作れるか気になる。でも、桜の時期がいいという、種子撒きをした。
C84687CA-10AE-4AF0-8D67-EB0C777C38F3.jpeg
 とうもろこし、かぼちゃ、ナスタチューム、バジル、パクチー、それにオランダから買ってきたトマト、カラーピーマン、インゲン。昨年買った苗が入っていたポットと、イチゴなどのプラスチックの容器に穴をあけたのに土を入れて種子をまいた。その後、保温用にゴミ用の袋を掛けた。今までは、こちらに長く滞在しないから、種子から苗を作るなんてことをしていなかった。

 東御に滞在するようになって間もなく3週間。庭の様子も少しずつ変化してきた。

C8BAA44E-CFF4-417E-A367-BEA438A58A91.jpeg4F8285F1-7DCB-4B1B-A94A-E5E1E3609B06.jpeg
 ちょっとだけ芽を出していた三つ葉が食べられるくらいに育った。

39E009D7-42C1-4689-973E-6A8BDE9C7253.jpeg
 来た時は全く顔を出していなかったウドが芽を出した。昨日よりもぐんと大きくなている。春に向かって、地中にエネルギーを貯めてきたと見える。

庭にキジが来ている

このところ毎日、庭にキジが来る。
CCED6A36-A5C7-4B2A-B2D1-019B698098DD.jpeg
 家人が毎日、庭に古米になった玄米を撒いているから、それをつつきに来るようになったのだ。玄米を何のために撒いていると言えば、それは雀のためである。

02869A34-9873-4E32-926F-81D1205134A6.jpeg
 しばらくは餌台に餌をやっているだけだった。それが最近は地面にも撒くようになった。時間によって結構な数の雀がいろいろな方向からやってきて、玄米をついばんでいる。時にヒヨドリがやって来る。すると家人はヒヨドリが雀を攻撃していると気をもむ。時にカラスもやって来る。鳩はやって来るけれど、雀を追うようなことはしない。あとはメジロ、シジュウカラ、ツグミが時々姿を見せる。

4A582EA2-96C2-457C-8669-0CFA9868798E.jpeg93C815E1-2533-4E41-8163-8B8215726F39.jpeg
 10月桜に掛けた巣箱の入り口には雀が出入りするようになった。うまくヒナがかえるといいんだけど。

郷仕川原 塩川発電所 ミシャグチ神

 郷仕川原(ごうじかわら)は田中橋を越えた千曲川の左岸にある。対岸は海野宿にあたり、郷仕川原側に本海野という地名も見える。以前からこの地名には興味を惹かれていた。
 車を田中駅の駐車場に置く。すぐそばに田中保育園があって、横のはらっぱには保育園の子供たちの姿がみえた。子供たちが話しかけてくる。一人がチョウチョを採ったのだとビニール袋を見せ、もう一人がトカゲをとったのだと飼育箱みたいのを見せてくれる。他の子はどこに行くのかと問いかけてくるし、なんで髪が茶色いのだと聞いてくる。こちらの保育園は敷地が大きくて、周りに自然があってとってもいい。そして子供たちが自然に親しんでいるし、人懐っこい。

B6B640F0-8597-4738-AE74-42D34395A715.jpeg
田中駅からちょっと行くと田中橋を渡ることになる。昨年の9月の台風で橋が崩れ2人の方が犠牲になった。しばらく通行禁止だっったけれど、やっと通れるようになっていた。
 
FD6B89D3-27AD-45A6-8F8B-4AC5EFDE4FBB.jpeg86B7CABA-F0D1-41A1-8F0C-C8EA00722612.jpeg
 郷仕川原は千曲川が半月形を描いて迂回するところに田んぼや畑がひろがている。作業をしている年配の女性にに話しかけてみる。郷仕川原のいわれについて聞いてみたけれど分からないそう。でもこの辺りは戦争で死んだ兵を葬ったところと聞いているという。今、87歳で立科からお嫁に来たそう。そのほかいろいろな話をして下さる。こういうのとってもいい。

D4C43E8A-BCC1-46FC-93E0-A62A22F518F9.jpegD85E160B-9164-4095-8E3E-30D2C6637C44.jpeg
 東電の塩川発電所を見る。上流に東電の島川原発電所があり、そこから水を引いているのだ。

0E7C72F1-E744-4899-B830-FAC99A0581AD.jpeg
 貯水槽の上に回ると、増水時の水を流す水路が見える。この辺り、植物の先生と来てツメレンゲという珍しい植物を見たっけ。ブログを振り返ってみたら2012年だった。

EB528682-AC74-4F19-835B-C24E395F0039.jpegCF0B13FA-65ED-4389-9504-61ED96E3910D.jpeg3517BF1F-726F-4A68-8AD7-94EDDCB7C867.jpeg
 貯水槽の先まで行くと、両側が切れた場所に出る。上には石仏が数体ある。向こう側の川のある方は思いのほか急な切れかたをしている。地図で確認してみると、藤原田の方から流れてここで千曲川に合流する川だった。

694E9DF9-2AB6-4D8D-B5A9-222803EF39B6.jpeg
 塩川発電所の県道からの入り口の右には小さな道がついていた。この道を登れば発電所の上に出られるのかと思い、行ってみると石の階段が出てきた。

B47D2B71-CCC6-4E39-9F46-B433C6ADB6EF.jpeg
 登ってみると周囲には四角く縄が張ってある。

37832302-4FFC-4CE9-A96A-FE0AF2AF8C65.jpeg
 どっしりとした石の上に載っているのはこんな石。ちょっと触ってみると固定されていない。周りを見てもこちらが何の神様なのか書いてない。こちらはミシャグチ神じゃないだろうか。ミシャグチ神は諏訪地方を中心に見られて、「神長官守矢」の屋敷内にも祀られていた。縄文のころからの神様らしい。このあたりのことは、これから探っていきたいと思っていたから、巡り逢えて嬉しい。
 

ミヤマセセリ

 田中橋の南の開けた森の中を歩いていたら、小さな蝶が飛んでいた。地味だし、小さい。でも道の上に止まってからは、近づいても動かない。
0E6DA5B2-4AF7-4460-8B52-36FA9E6635B8.jpeg
 ミヤマセセリのオス。明るい林縁などにいるようで、埼玉県では絶滅危惧種だ。

 この後、蛇に会った。マムシでも無いしシマヘビでもない。でも、けっこう大きい。これからの季節は低地の山の中を歩くと会いそう。
 

アメリカスミレサイシン

 スミレをあちこちで見る季節になった。
91808D97-0234-4D1A-9F64-D37AE70A783C.jpeg
  目にするスミレのほとんどはタチツボスミレのよう。

264A54AF-51F2-4109-860D-73A15020EE89.jpeg
 スミレはコンクリートの割れ目から出ていた。

D19F709A-3B34-47F1-9FC4-62A751A7373C.jpeg9BDA5CAD-AC9E-4CEE-AEE6-4EB843EB3CBD.jpeg
 近くの池のそばの小道に咲いていたこのスミレは図鑑で絵合わせしても出てこない。ネットで「白色・スミレ」と入れたら絵合わせが出来た。アメリカスミレサイシンだった。北アメリカの栽培種だったものが、野生化したらしい。どうりで「日本のスミレ」図鑑には無いわけだ。いろいろなタイプがあり、白地に紫の筋が入ったのをプリケアナという。側弁の基部にたくさん毛が生えている。

 庭の桜が見頃。

41612DD4-D657-41DE-818F-60B6C11A92AB.jpegB06C5D55-50FE-471D-97B9-6F404922A787.jpeg
 9年前に狭山の博物館でいただいた山桜の苗が、高さ6mはあろうか、沢山花をつけるようになった。白くて上品な花。

5339D8BB-97C2-4B71-B6E2-DA36CEE65CA3.jpegF2547CD9-8A21-417A-A110-3371A2886927.jpeg
 10月桜。秋にも咲いて、春にも咲く。

7A889A7D-90A0-4AA6-AEDD-0EF94ADE97D8.jpeg
 冬桜。こちらも秋というか冬の初めにも咲いていた。
5ACC48CC-C6F7-4A40-B2B4-2B1D43FBB4E4.jpeg
E4C16B40-75E9-401D-8A2C-7E20B22D4BBE.jpeg50943FFF-32C2-4CD0-A6C2-1A273ED70D04.jpeg
 池のそばのソメイヨシノ。花が密に咲いてボリュームがある。

 このあと、夕暮れながら公園の桜も見にいく。今日もずっと雨で、夕方まで出られなかったのだ。

88780B4B-7730-406F-A830-3D83BDB239AA.jpeg44D3604E-A45D-4690-8F44-8C77B0D703BF.jpegD169DC89-47A1-4060-864C-F52CC0C5C59A.jpeg
 枝垂れ桜はソメイヨシノより早くから咲いている。

E47C49E9-0C08-411C-891B-1D7D8CA174FA.jpegF9942737-7AAC-474C-8CE0-182EA72A8A5C.jpeg
 八重桜。

9A84BD67-CEB6-4D3E-8CD7-F8307FE0B7B2.jpegE543AB70-06B4-4586-8770-7FC38CBF1A9C.jpeg
 枝垂れ桜。

CF2B6213-7DCD-483E-B521-777A61C40338.jpegDDC76A27-86FB-4EE1-BE27-8BCD64CEBB97.jpeg
 明神池に夕闇が迫って来た。





芦田宿

立科町の和子の交差点の辺りは佐久から東御に向かう時によく通るし、ツルヤにも行き、権現の湯にも行く。けれどもそのすぐそばの芦田宿を確認していなかった。こちらは江戸から26番目の中山道の宿場町である。先日行った望月宿は25番目だから間宿である茂田井を挟んで隣になる。
FA858182-22C7-43C3-9F84-1C21C6D2957F.jpeg2C78A7B9-C3C0-48E9-8EFD-2615CE3BEC5C.jpegCCF5CF32-4A7F-4FED-8997-23A4E07EC0C5.jpeg
 本陣の門の中には現在の当主の土屋さんの家と思しき現代の家が見え、左の方には江戸時代末に改築された建物が残っている。


E788B2E5-A0D5-46E2-9B9C-D4B2E85EAF9A.jpeg21CCF2E9-B4AC-42F3-9EC0-E71A8C386A2A.jpeg39A87E41-2D3D-476A-9117-F5C04B200920.jpeg0316E5DD-1AFB-4355-9AC0-17EBAEF8D691.jpeg
 建物の解説があるので、建物各部分の呼び方を学習する。屋根には檜皮葺と瓦葺きの部分がある。鬼瓦、鬼板がのり、懸魚がさがる。規模はそれほど大きくはないながら、趣向を凝らしてある。本陣の建物とはこういうことか。

6E606285-0F9B-4B63-ADF5-83BE97C01151.jpeg
「味噌醤油酢屋茂」とある。権現の湯にはこちらの味噌と醤油が売っているから、今も現役で商売をしているようだ。

272796D3-C426-428A-AB9F-112205A239AF.jpeg574D8901-8701-49D8-B477-344B3E099C0B.jpeg
 金丸土屋旅館。こちらも現役で営業しているようで、こんな宿に泊まるのは旅情をかき立てられそう。出桁作りの建物。
A2271ABB-16F7-4BE4-BD19-CADF52E02574.jpeg 
玄関の上に、こんなお札がかかっている。カラスが沢山いるから熊野だろうか。

マスクを作る

 昨夜から続く強い雨で、とても外には出られない。そんなところに知り合いから孫にマスクを作りましたという写真が届いた。スイカ柄の女の子が喜びそうなマスクである。それじゃ、私もという気持ちになった。ネットで型紙をダウンロードして、手持ちの布地で作ることにした。
 こういう作業の時にみっちり雨というのはいい。そうじゃないと、家の中にいるなんて出来ない。なにしろ家のソメイヨシノまで満開の、桜の季節なのだから。
55586F0E-F143-4FE4-9952-EF76323B8F09.jpeg
 3種類作った。家人が布を細断し、私がミシンをかける。小さいものだけれど、思いのほか手がかかった。
E27F1093-90A8-453F-9A06-EC3EF41F92B5.jpeg

望月城

 東御に来てから、毎日午前中は歩いている。大体1万歩ちょと。いつもジオグラフィカで道を確認しながら歩いている。このところ山城にも行っている。祢津の下の城、丸子城、尾野山城。そして今日は望月城。
 望月は何度か行っている。8月15日の榊祭にも行ったし、大伴神社にも行った。ところが、それらは点であって、望月の町がどんな位置関係にあるのかがわかっていなかった。最近歩いてみて思うのは、歩かないと位置関係が頭に入ってこない。車で行くと点だけで終わることが多い。
 望月には古代の頃には望月牧がおかれ、朝廷に馬を献上していた。
5AA1DE1B-802F-40D1-9605-F1E617342EB2.jpeg
 かつては望月町だったが、現在は佐久市に入ってしまった。まずは佐久市望月庁舎の観光課に行く。若い職員2人が対応に出てきて、座ってお待ち下さいと言い、しばらくして2種類2枚のパンフレットを出してきた。でもこれはもう作成していないのでコピー代をいただきますと言って名前を書かされた。次に代金をいくら徴収するかわからないらしく、また座って待ってくれと言われ、10分ほど待たされた。よばれたので行ってみたら、それぞれ両面をコピーするので合計400円ですと言う。こんなとき、私は大概は言われるがままにするのだけれど、このときは「そんなに料金がかかるのですか。それじゃいりません」と言った。たいしたこともないパンフレットである。若い職員二人して、なんの裁量もなくて、うんと待たせておいて、いちいち制度を確認しないと動けないのかよ。そうなってくると、望月庁舎の前にあった観光地図の表示が北と南が逆なのも妙に腹が立ってきた。いやいや、年をとると怒りっぽくなるって言うけど、これってそういうことか。

 気を取り直して望月城に向かう。なにしろ桜が満開である。

9F6DACD4-7F21-4833-BCC9-3B0B9E73F455.jpeg
 鹿曲川を渡って、望月城の下に城光院の敷地が見えてきた。ここにもミツバチの巣が見える。

59F12A59-8E27-4E99-84CD-BACFAC1A7D82.jpeg
 城光院の山門。 

3FC1070A-196C-4624-AAE9-1A4C419020D4.jpeg
 城光院の十王。

75ED57A8-0FD7-4786-A553-25B958DB66BF.jpeg
 あちこちに桜が咲いている。

227B2793-6C65-45FB-B60A-DB72A4395A4A.jpeg
 100メートルほど登って本丸の冠木門に出る。

A45297D6-D791-431E-A858-C2B40D876694.jpeg
 本丸は広々としている。

C1014E67-111D-470F-B309-2EDF3CD2A30B.jpeg
 79614CB7-1BCF-4B74-8975-D2EAEEF9B63A.jpeg
 望月の町と周辺がよく見える。


94B252DF-05F3-4399-B0FA-39A287FCFC3B.jpeg
1FA19C70-56FD-44D3-9277-5B3229C98DB3.jpeg 
 山城というと、宮坂武男氏の縄張り図の本に感心し、「らんまる攻城戦記」のブログに感心している。

59D03AEA-B99E-467C-BAB2-BB954BBB6B82.jpeg
 望月城まで登ってしまうと、その後ろはなだらかな里山に農地が点在している。多津衛民芸館に出た。
257A0148-7622-4D33-B666-91505DFA7E2B.jpeg
 こちらも今は休み。

D4842C2E-15CA-407D-8E78-FD43A5DF29EC.jpeg
 昔の鋳物製のかまどがあった。

71D12A29-0C19-459A-92BC-665D57DBBDA9.jpeg
 瓜生坂(うりゅうざか)はかつて、望月に入るときの難所だった。今は望月トンネルがあり、新望月トンネルが出来て、車だったら難なく望月に入れる。
F639A81F-4FB6-4EDB-AA00-E990B6E5C2B9.jpeg
 瓜生坂のそばに、こんな鳥居があった。火山の灰でここまで埋まっちゃいましたではなくて、鳥居の柱が朽ちたので、こんなふうにしたらしい。この向こうに小さなお宮があるけれど、その向こうが斜面になっていて危なそうだから、通せんぼにしてる風に見える。

E3077CBF-A79B-4924-BD7D-7E79FFD3B6E1.jpeg
 これが本当に昔の瓜生坂を下る中山道のよう。

1E04075B-6960-4AF7-AE68-413E1BED5AAD.jpeg
2E9F6683-EA41-4DDB-B6F6-E9A54BBBA790.jpeg
3F522FD3-5DFC-4089-B4EA-5AAEA1922E12.jpeg
 下っていって、宿場の始まりに出た。

940109E5-D94C-4B46-B621-7D3B43B22657.jpeg
 鹿曲川を渡る。

37D62D4D-27EB-4A49-B72D-33A76F045BF3.jpeg
 望月を通っていつも、鹿曲川沿いの、この布引観音みたいな、あるいは岩屋観音みたいのを見ていつか寄ってみたいと思っていた。
A5556ADD-4E5C-498B-AE43-FC647B99A903.jpeg
 鹿曲川沿いにある蟠龍窟。琵琶湖の竹生島の弁財天を勧請したと伝えられる。
E9490B30-4F73-4AEC-AA41-67AAF11ED518.jpeg
 急な階段を登って行く。

7FE9B5CB-B394-485C-AF81-DC223ABDED5D.jpeg
 上の建物は豊川稲荷神社である。建物には「荼枳尼天」とあった。

B4EA7956-01CD-44A5-B920-F62A59D6452E.jpeg
 中に入って見ると、建物が布引観音の観音堂のように崖造りの上に張り出している。ちょっと怖い。

D50D0A21-9348-4EE6-B437-641004474B51.jpeg
 更に上る階段がある。お宮の横に「榊まつり」と書かれている。このあたりで榊祭の松明が灯されるんだろうか。
D39AE79B-C9A4-4DE7-8C96-12D9D63703CC.jpeg
 お宮の中に祠が見える。
E01F501C-7C82-4214-B2FE-E90548F7E0F9.jpeg
 階段に座って、持参のホットココアを飲んでお茶する。向こうの山が望月城。
BE4C8DB8-298B-4C15-8796-4062486A1378.jpeg
 下って見ると岩にはこんな文字。

B00CC8AB-356A-44CF-860F-FA542D534364.jpeg
 下って、鹿曲川を渡り、もう一度振り返る。

EA8713C6-06D7-4AEC-8D94-E19FE9644E8A.jpeg
 このあと、中山道の町並みを歩く。おすい枡の蓋には望月の駒が描かれている。

24C06900-F0A0-4F90-8461-C2B8AE388C8E.jpeg
 望月の本陣は今は大森医院になっている。

8CF09B31-179E-4A9B-A81E-1540AEE8AE40.jpeg
 脇本陣の「鷹野」。
0D781A50-0903-422B-BC4D-C67552017F6F.jpeg
 大伴神社に行く。榊祭の最後はこちらの神社だった。

79F57A60-FEEB-4AB3-BA44-741296003D06.jpeg
 我が家の地鎮祭はこちらの神職の方にやっていただいたのだ。
1B7E9ECD-6B91-4678-AD1A-DC355EC71858.jpeg
 最後にワンちゃん。こちらは我が家を立ててくださった工務店の犬。冬は寒いので、犬小屋の布団を自分で日向に干す賢い犬だそうな。


信州音楽村から尾野山城へ

 一昨日、丸子城から信州音楽村の方を見て、次はこちらにしようと思った。たしか山城があったはずだ。

790B0660-EE77-4AEC-955E-A193346996A0.jpeg
 音楽村は水仙が満開。ただし施設は当分お休み。
48F28912-FC11-4021-B917-5902453A9817.jpeg
 桜も満開。一本の桜の木の下に居ると、沢山の小さな野鳥が啼きながら枝から枝にうつっている。あまりにも小さくて、軽やかに飛んでいて、何の鳥なのかつかめない。居る方広に向けて何枚も写真を撮り、あとで拡大してみた。目の周りが白い。メジロだった。

82F77C29-130B-4718-A537-0F54D5D2EDBF.jpeg
 尾野山の集落を行く。龍泉寺がある。

CB8CC983-D5E4-48CF-9CD3-F30D7B7CDF3D.jpeg
 地蔵堂と筆塚。

08357AE8-31A6-4754-B6D3-E42C5EFBE0CF.jpeg
 筆塚のそばに薬師堂がある。

5ACD3E6A-6A01-41DB-9E96-62973D4F3D37.jpeg
 少し行くと二柱神社に出た。

54934113-9029-456B-AB97-119044721E03.jpeg
 こちらは2つの神社を合祀したこともあって、境内に様々な神様がいらっしゃる。

980262D4-F76A-4523-A7A0-10C4A080ADA9.jpeg22740889-9A69-4966-800B-FF6EDA73C7E3.jpegDC0DCE27-F49C-4C7E-916D-860D050C19B8.jpeg
AB7E2500-C01B-4E4E-BC91-8A04B26B23A9.jpeg

A8698F4C-6BD1-48EE-8599-E1A1DBF7FDAA.jpeg
 二柱神社の反対側に大きな広場がある。その向こうに夫婦と思しき像が立っている。この感じ、ちょっと不思議。

711333F9-05B6-4777-9A81-2B0AFE3A6C5E.jpeg
 尾野山の景色。

B0461D12-54A9-43EF-962D-0405A2CCB517.jpeg
 ニホンミツバチの巣が3つ置いてあった。このあとはしばらく山の中の道。須川湖に近づくと別荘地が出てくる。バブルの頃に売り出したんだろうか。名前は表示してあるものの、建物はまばら。そして寂しげ。

902C8275-74B0-4CA5-838A-01173689DE4A.jpeg
 尾野山城のある尾根筋に入ると、見晴台みたいな建物があった。登りかけたら、一度中に入らないとだめなようで、諦めた。こちらも用途が不思議な建物だった。

3599C26B-DC89-48F7-804F-3403ECFFC8A2.jpeg
 尾根をしばらく行くと、丸い高みが見えてきた。

2B7608D1-D064-4346-95D4-30FC019C0186.jpeg0424EC8A-5373-4334-B185-A0DF1DA97A5F.jpeg
 近づくと切岸があった。

FB97E007-1050-4DB2-AC3F-D3615FDD6F82.jpeg
 尾野山城に出た。

3CF84081-3869-4EDC-8119-1DC0191FBE23.jpeg641BF933-F161-411F-814D-87B0F7D72C20.jpegB20F1463-1B7E-4C1C-9D82-893B2A2A769B.jpeg

 山頂からの眺望は素晴らしい。

62ACC89B-2A28-472F-AF65-0AD7B6A6986C.jpeg
CA49A4B3-0FF1-46B3-B4A6-E1D6BF9F745B.jpeg9D6C7E6C-59AA-4A32-99A3-6B4023194A0A.jpeg
 真田昌幸もここで戦ったという。

5E05A882-460D-44A5-B5E9-2D96AD7B1E59.jpeg
BBAB0598-3C57-4404-85D1-09AFEC45D115.jpeg
 さらに下って愛宕神社。

18D8309A-5ECA-434D-894A-2F5A00438630.jpeg
 音楽村まであと少し。村の中にかつての酒屋が残っていた。