陸軍士官学校の疎開と軍馬野営壕跡 明神池

諏訪神社まで来て、明神池の方を見たら新しい看板が見えた。

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第二次大戦終了近くの1945年6月、沖縄に米軍が上陸し、本土空襲が激しくなり松本大本営の建設が進められ、その前線基地として、連動して陸軍士官学校の第59期生1357名の本部が望月高校に移転した。部隊ごとに周辺の国民学校に分散したが、北御牧小学校には約100人の馬術部隊が疎開し、明神池一帯と北御牧分校(郷土資料館)を訓練拠点とした。
馬術部隊は約200頭の軍馬を所有していたが、国民学校高等科の生徒の協力で池周辺に沢山の防空壕が掘られた。現在も4箇所残っている。

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諏訪神社と明神池の間の道を下って行くと、池の側に窪んだところがある。不自然な地形だと気になっていた。それがいわゆる「馬の防空壕」跡の一つだろうか。

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