藤田嗣治の終の住処 パリ

ウイークデーはミュージアムパスと地下鉄を使って、せっせと歩いたけれど、週末はモネの庭と藤田嗣治の終の住処に連れて行ってもらった。

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ジベルニーのモネの家に比べると可愛らしい。藤田嗣治が70歳を過ぎてから、7年間を君代夫人と暮らした家だ。

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道路の方から見ると2階建だけれど庭の方から見ると3階建になっている。

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ここには藤田が手作りした色々なものがある。

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藤田嗣治の作った皿。

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十字架のイエス。彼はカトリックの洗礼を受けている。

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彼はミシンを使ってカーテンやテーブルクロスも作った。

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可愛らしいものもつくっている。

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1階がキッチンとダイニングルーム。

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台所からは夫婦の生活ぶりが伺える。

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1960年代の炊飯器とジューサーもある。

藤田嗣治は生活の色々なものを手作りしている。そうして生活を大切にしている。多分若い頃は大変な日々だったろう。年取ったらから、パリの街中から離れて小さな村で住む気になったのだろう。2回の大戦を生き、5回も結婚し、最後に君代夫人と会った。やっと生活を楽しめるようになったのだろう。

この記事へのコメント

ishiguro
2018年09月20日 02:40
藤田の晩年が偲ばれます。手先の器用な方だったんですね。
hanabati
2018年09月20日 20:50
展示してある色々なものを見て、器用な人だと思いました。と同時に発想が柔らかな人だったと思います。

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