「メシ、風呂、寝る」から「人、本、旅」へ

  出口治明氏について調べてみたら、還暦で立ち上げたライフネット保険から退き、今年から立命館アジア太平洋大学の学長になっていた。69歳で新たな仕事を始める人がいるというのは刺激になる。そして出口氏の歴史の視点は、世の中に広がった方がいい。私は前回ブログに書いたように、世界史目線の入り口に立ったところなので、この後はまずは出口氏の本を読もうかなと思っている。
 「世界史としての日本史」の最後の方には、「メシ、風呂、寝る」から「人、本、旅」へと書かれている。半藤氏によればいわゆる団塊の人たちは若いころには、計算も展望もない全共闘運動をし、それが終わると働きバチに変身し猛烈に働き始めた。そして出口氏によれば、吉田茂が敷いたグランドデザインでは、彼らはがむしゃらに働くだけでよく、勉強して余計なことを考えるのはむしろ邪魔になった。さて私も団塊の世代のしっぽにいるので、このお言葉を素直に受け取るには抵抗はがある。でも男はたくさん働いて帰宅が遅く、家庭は妻が守っており、「メシ、風呂、寝る」のイメージがあった。出口氏は言う。でもこれからは「人、本、旅」でたくさんの人に会い、たくさんの本を読み、いろいろなところに行って見聞を広めるべきで、そのためには早く職場から帰らなければならないし、バカンスが必要である。
 そして出口氏はこの方向に沿って、教員も学生も外国人が半分という立命館アジア太平洋大学の学長になったわけだ。

この記事へのコメント

ishiguro
2018年12月10日 23:56
1953年生まれなので、直接の団塊の世代とはいえないにのですが、高校の時に大阪万博、東大紛争、三島自決が起き、大学受験の最中に浅間山荘事件、大学2年の時には、学生運動でのストで半年ほど講義が中断、しかし、自身はノンポリで、一応、一所懸命会社員勤めを果たし、無事に定年退職、静かにゆっくりと暮らすつもりが、ひょんなことから試験を受けて資格は取ったけれど、必死でその資格で働いているわけでもなく、、、、、 どうも 中途半端な人生であるかもしれません。
hanabati
2018年12月12日 00:05
中途半端なんてとんでもない。無事に定年退職するのは凄いことです。私も定年退職した時は嬉しかったですよ。これからは朝仕事に行かなくても良くて、働かなくても生きていけるなんて、なんて良いんだろうとはしゃいでました。しかも60代はまだ元気だし、思っていたより面白いし。あとはなんでもありです。
ishiguro
2018年12月12日 16:12
60歳で定年退職したときは、65歳までの継続雇用の道もあったのですが、そりの合わない上司が複数まだ、会社に残っていましたので、家内からは反対されましたが、退職しました。 スキーの1級をとって、冬場にはスキー場でインストラクターのアシスタントのバイトで子供にスキーを教えようと思っていたら、1級はとれましたが、直後に左膝の前十字靭帯断裂で断念。2年ほどぶらぶらしていたら、家内から資格を取るように勧められ、予備校に通いはじめたのが2017年でした。 そうしましたら、地理と歴史が面白くて、こんな楽しい勉強は初めてのことでした。 英語が、あまり得意でないので、今も苦しんでいますが、一度、会社で嫌という程働いたという自負もあるので、今回の資格は 必死に働くためということにせず、退職後のボケ防止くらいに考えて、仕事をできなくても、気にせず、焦らず、そのうち自分が この仕事を絶対にしたいと思えばまた、頑張るだろうし、ほどほどにということであれば、時間をかけて、自分で本当にそれなりの自信が持てるまでは緩やかに構えて、地固めの勉強を続けようと思うようになりました。 旅行会社や派遣会社がありますが、やはり、日本の会社のシステムと考え方の支配する世界なので、一定の距離を置きつつついていきたいなと思います。 元気なうちに、(本来体育会系なので)スキー、テニス、ハイキングなどを楽しみ、日本でも行ったことのない場所が沢山ありますし、楽しむことは山ほどあるなと思います。 自分を自分で縛らないよう 緩やかにいきたいと思います。
hanabati
2018年12月15日 12:37
数日前に来年のテーマを思いつきました。「可能性を探る」です。気に入っています。

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