奥久慈男体山

日光の男体山ではなくて茨城県の北の方にも男体山があるのを知ったのは、だいぶ前に雑誌に載っていた椎名誠の文章だった。内容はすっかり忘れたけれど、いずれ行ってみたい気持ちだけ残った。と言っても茨城の北は遠い。水郡線に乗って行くと、一泊しないとならないのだ。今回は2台の車で行って登山口と下山口が別という計画にのった。

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  一台の車を水郡線の上小川駅に置いてから、もう一台の車で西金(さいがね)駅を経由して、駅から歩いたら1時間半ほどの山間の道を行く。途中からは道が細くなって、林道並みの道を行く。古分屋敷というところを過ぎて間も無く駐車場に車を置く。男体山が見えた。岩稜の山だ。

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  すぐに大円地(おおえんじ)というところに出る。狭い谷にあってその最後の開けた所だ。数軒の家があり、山の斜面には茶畑がある。

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  ここまで、細い谷だというのに、ここだけわずかに開けていて、興味深い。煙突が二本立っている、かまえがしっかりした家だ。

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  すぐに道が二手に分かれていて左手の道を取る。この登りは、地図には上級者向き(鎖場連続)とある。なかなか急な登りで、岩がち。でも適度に鎖がかけてあり、枝や根っこ、岩などつかむところもあって登りやすい。見晴らしの良いところに出た。西側の斜面が切れていて、真下に集落が見える。

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  遠くに日光や那須の山並みも見える。

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 頂上には男体神社の奥宮がある。標高差500メートル登った。

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 下りは鎖場のほとんどない、下りやすい道。だいぶ下って山の中に男体神社がある。人家からだいぶ離れていて、こんなところにポツンとあるのが不思議。一応杉並木がある。 

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  栃木県の男体山と同じ系統なのだろうか。でもこちらは男体神社で、あちらは二荒山神社である。

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  長福というところで、一度車道に出る。男体山の山容が見える。右手の方から登ったのだ。もう一度長福山を巻く山道に入る。  

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 椿が咲いている。上小川駅まで歩いて車に戻り、もう一台の車のところに行った。

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  奥久慈に来たのは初めてだ。車から見える特産物の看板が興味深かった。こんにゃく、林檎、納豆、奥久慈しゃも、奥久慈そば。常陸大宮市の道の駅「かわプラザ」に寄った。色とりどりの人参、舟納豆、むかご、パクチーなど。家で早速むかごご飯を炊いたら、家人はむかごだけ除けている。食べないのかと思ったら皮を剥いて口にしている。ちょっとね!12月19日


この記事へのコメント

ishiguro
2018年12月27日 09:09
茨城県の男体山とは知りませんでした。さすが、八百万の神の国。殆ど代表的な山には、なにがしかの神様が祀られているのでしょうか。

昨日、テレビを観ていましたら、鳥取県、三朝町、三徳山三仏寺、投げ入れ堂、のことを取り上げていて、そばまで、ディレクターが、素足で草鞋を履いて登っていましたが、案内をした、建築学の先生が説明することには、おそらく、横の小さいお堂にまず50年かかって、そこを足場に、さらに220年だったか?かけて完成させたとの説明で、昨年、受験勉強で教わっただけで、暗記はしていましたが、詳しく説明を聞き、改めて、驚いた次第です。
hanabati
2018年12月27日 11:16
奥久慈男体山は新百名山には入っているので、茨城県北部の代表的な山のようです。今回行きませんでしたが、袋田の滝に至る山並みにあります。岩稜の目立つ山というのはやっぱり神様が降臨するのでしょうね。メジャーではない、このくらいの山と近在の人とのかかわりには興味がわきます。
三仏寺の投入れ堂は教科書レベルですから、私もぜひ行ってみたいです。1000年近く前に、あんな急なところに建てられたというのはすごいです。

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