マルハナバチのつぶやき

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zoom RSS 田中一村

<<   作成日時 : 2019/02/28 22:36   >>

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奄美大島に行きたかったのは田中一村の存在が大きい。田中一村の絵ばかりでなく、彼の描いた自然も見たかった。

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奄美パークにある田中一村記念美術館は、とてもセンスの良い建物だった。

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高倉をイメージしたものを、いくつか連ねて展示室にしている。

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東京時代、千葉時代、そして50歳から69歳まで過ごした奄美大島の時代。お金を稼ぐ為ではなく、真に自分の描きたいものを目指し、大島紬の染色の仕事をしては絵に打ち込むお金を貯めた。だから絵に集中出来た年数は6年ほどしかなく、この間の作品は30ほどという。そうしてみると、こちらの美術館にこれだけコレクションがあるのは充実している。奄美時代、そして千葉時代に描いた植物の絵が素晴らしい。その詳細な描き方がちょっと伊藤若冲を思い出させる。けれど若冲が派手で、前に出る感じがあるのに対して、田中一村の作品は落ち着いた感じがする。昨年はパリでジャポニズムが特集され、その中に私もパリで見た伊藤若冲展があった。そして今回知ったのは、ジャポニズムの一環で田中一村展もパリで行われていたのだ。この後、田中一村も若冲がそうであったように、急に注目度が上がる気がする。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この田中一村は 死ぬまで画壇に認められなかったということですが、美術学校の同期の東山魁夷はその対極にあって、知らない人もいない大家になっている。 美術・芸術の厳しさといいますか、現実というものはこういうものなのでしょうか。 そういうのを避けるために、みな、なにがしかの生きる術を探し、ささやかに家庭を持ち、つつましやかに、日々の幸せに浸り、静かに死んでいくのですが、それは、普通の幸せで、また、最良の生き方なのだと思います。 そういうことと訣別し、あるいは、世に認められたくても認められず、やむなく、富も名声もなく、自分の信ずる美の道を歩むというのは、なかなか辛いことではないかなと思ったりします。 実物を見たことがないので、一度はみてみたいと思います。
Ishiguro
2019/03/01 13:18
作家にしろ画家にしろ、なにがしかの読む人、見る人を意識していると思います。美術の教師だった友人は、画家は売れる絵を描くのであって、必ずしも自分が良いと思う絵を描いているのではないと言っていました。そうにしても、すぐにも売れる絵を描くのではなくて、将来絵の理解者が現れることを思って一村は描いていたと思います。
hanabati
2019/03/03 21:46

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