大島紬の織りと泥染め体験

田中一村記念美術館を出て、奄美大島紬村に染めと織りの体験に行く。

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園内に入ると、まず大島紬の工程を案内してくれる。こちらは染めに使う泥田。日陰ヘゴが印象的。

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染色ではシャリンバイの木を煮出してタンニンを抽出した液を使う。

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シャリンバイの液につけるのを20回繰り返し、泥田につける。こちらは鉄分を含んでいるから、媒染液に浸す効果になる。ここまでの工程を4回繰り返すから、合計80回シャリンバイの液に漬けることになる。こうして独特の黒色を出す。

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次に場所を移動して織りの工房を見学。大島紬紬は縦糸と横糸それぞれ先染めする。従ってまず一度、綿糸を使って織り、染める。次に本織りするわけだから大島紬は二度織りする事になる。

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色々な色を入れた状態。黒以外に藍や、赤も入れるようになったのは近代に入ってから。

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田中一村はこの染色の工程をやっていたそうで、ただし彼の頃には染め液を入れるチューブは無くて、皿を使っていたという。

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泥染め体験を終了して、お昼は鶏飯を食べに行く。

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午後は織りの体験。つきっきりで指導して下さったこの方は伝統工芸士の資格を持っていらっしゃる。織りの体験はこれで4回目。やる度に一から教えていただいて、今回も慣れるのに時間がかかる。

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こちらで良かったのはざっくりと織るのでなくて、細い糸でかっちりと織って行くこと。横糸を何色か自分で選ぶ。いつも通り、紫系とする。絹の光沢は特別。今、生糸はブラジルから来ているという。

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そばの機織り機には織りかけの大島紬がある。少しずつ織っては模様を合わせていくそうで、染めから織りまて、本当に大変な工程である。

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ホテルに戻り、仕上げた作品を見る。泥染めはシャリンバイ液と石灰を入れた液に漬けるのを3回繰り返した。それから泥田に入って浸す。泥田で出来上がった状態はまだピンクに染まったぐらい。でも最後に係の人が濃い色の液で煮出したらすっかり染まった。実のところは最後の工程で染まったのじゃないか。

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織りもしみじみ見る。2月28日


この記事へのコメント

Ishiguro
2019年03月01日 13:25
絹がブラジルから来るというのには、とても驚きました。日本で製作されているのかと思っていました。 途中で出てくるTシャツのようなものは、大島紬なのですか? 奄美大島は、中国からの技術を受け入れやすかったからなのでしょうか?
hanabati
2019年03月03日 21:10
写真のTシャツは私が糸で縛ったあと染めた綿のものです。大島紬がどのような径路を辿って来たのか、今後の課題です。ただ宮古に行った時に見た織物は芭蕉の繊維を使ったものでした。日本本土が江戸初期にはまだ生糸を輸入していたことを考えると芭蕉布よりも後のものでしょう。あと、薩摩支配の頃の大島紬は泥染めの黒だけの染色で、他の色を使い出したのは明治以降です。大島紬が一番売れたのは戦後高度成長期ではないかと思うのです。
ishiguro
2019年03月04日 13:50
詳しい説明をいただきありがとうございます。
高度成長期に大島紬が一番売れたとは知りませんでした。
hanabati
2019年03月04日 17:11
書き込みを読んで、確認しました。私の持った感想では高度成長期と思いましたが、実は戦前に同じぐらいのピークがあり1927年が生産反数の最高を記録し、戦時中ゼロになり、戦後またピークを迎えたようです。いずれにしても生産は激減しつつあります。

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