奄美大島西海岸

  奄美大島南端の瀬戸内町古仁屋から西海岸を北上して名瀬をめざした。国道はなだらかな東側を通っていて、前の日はそちらを通った。東海岸はリアス式入り江が深く入り、山が急峻で、海岸沿いが急峻で道路がないところは山の中に入り、道路がついて入れば海岸沿いを走るというのを繰り返す。大島全体に新しくてきれいなトンネルが沢山整備されているものの、上り下りは結構ある。

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 大和村の今里という集落に向かって下っていく。山が迫っていて、その先の海岸には幅よりも高さの方があるような丸い島が見えた。地図を見ると立神という名がついている。いかにもニライカナイからやってきた神が降臨しそうな姿。

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 今里の集落まで下りきって、今度は海岸沿いに登って振り返ってみる。

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  さらに海岸沿いを行くと、素晴らしい景色が見えた。右側は陸繋島になっていて、その左側にあるのがヒエン浜。案内板にはサーフィンの絶好のポイントとある。なるほどヒエン浜の部分にだけ白波が見える。陸繋島の向こうに先ほどの立神が見える。

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 このあたり、遠くから眺めるだけでなく、滞在するのも良さそう。

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 この写真は翌日飛行機から撮った空港近くの海岸。奄美大島についた日に、裾礁が発達した海岸で貝殻を拾ったりして、なんてのんびりした島だと思ったけれど、平たんなのは北部だけ。後はほとんどが山がちなのだった。

この記事へのコメント

ishiguro
2019年03月04日 14:09
陸繋島と聞くと、2017年の受験勉強を思い出します。砂州、トンボロ、陸繋島、高校生の時の地理はちっとも面白くなかったのに、2017年の講座は毎回とても楽しみで、ワクワクしながら受講しました。
hanabati
2019年03月04日 17:02
私は学生時代に甑島に行って、陸繋島を初めて知りました。とても美しい島で結局、卒論はその島について書きました。
ishiguro
2019年03月05日 01:14
卒論が陸繋島であるとは知りませんでした。講座の時に、ご説明に力がこもっている感じがしましたし、凄く印象に残りました。日本は全国に陸繋島があるのだなと思いました。
hanabati
2019年03月05日 22:46
卒論のテーマは過疎化についてでした。あの頃から離島ではものすごい勢いで過疎化が進んでいました。
ishiguro
2019年03月06日 16:18
大都市いがいは、自治体の運営自体が困難になってきている市町村が増えてきて、過疎化は離島だけの運命ではないようです。
郊外の住宅街でも、子供の代になって、子供が住まなくなり、自治会の活動がどんどん減っていくようになってきているようです。
自分も含め、高齢化は、確実に進んでいるようです。
高齢者という自覚はないのですけど、、、

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