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マルハナバチのつぶやき

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信州の週末田舎暮らし、植物、昆虫、旅行、山歩き、自転車旅の記録です。そして歴史歩きも。
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本居宣長記念館

2017/05/26 08:34
本居宣長は日本史教科書に出てくる。伊勢松坂の江戸時代の国学者で「古事記伝」を書いた。「漢ごころ」を排して「やまとごころ」を大切にすべきと言った。源氏物語から「もののあわれ」を読み取った。そのあたりが一応記憶にとどめておくべきことであった。
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 小林秀雄は晩年「本居宣長」を書いている。私の大学受験のころは小林秀雄は難解な文章としてよく入試問題になった。予備校の教師であった中西進先生などうっとりと解説なさり、私も中原中也などとともに読んでいたわけだ。
その小林秀雄が「本居宣長」を書いたのだから、だいぶ前に読んでみた。最初に本居宣長が自分の葬式をどのように出してほしいか詳細に書き記したことが書いてある。宣長という人の生きる姿勢が伝わってきて実に印象に残った。ただしそこまでで本を置いた。当時の私のレベルはそこまでだった。小林秀雄は鎌倉の自宅に桜を植えていた。本居宣長は大の桜好きで、お墓には桜を植えるよう言い残していたのだ。これは宣長が自分の墓はこのようにしてほしいとして書いた絵。

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 本居宣長の持っていた「古事記」。いろいろ書きつけている。
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  本居宣長は古事記を読むにあたってまず万葉集の勉強をした。これは「松坂の夜」で出会った賀茂真淵と交わした手紙。通信教育のように、宣長の文章や和歌に、真淵が朱で書き込みをしている。

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 宣長の記した「古事記伝」。実に丁寧な文字で記されている。それまで読まれることのなかった古事記は本居宣長によって読解されたのである。一字一句づつ丁寧に解釈して、完成までに35年を費やした。

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 出雲大社の金輪造営指図の宇津柱の記述に気づいたのも宣長だった。

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 宣長は17歳の時に日本地図を完成している。当時のいろいろな地図を参照して描いたのだろう。中山道や東海道のなじみの宿場町を探してみるときちんと名前が入っている。彼は粘り強くて、正確に物事にあたる少年であったようだ。
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歌舞伎座

2017/05/25 08:04
隈研吾設計の新歌舞伎座になってから初めて歌舞伎座に行った。團菊祭五月大歌舞伎。

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今回は海老蔵の「義経千本桜 吉野山」の佐藤忠信にほれぼれとした。菊五郎主演の「魚屋惣五郎」には孫で寺嶋しのぶさんのお子さん寺嶋眞秀君4歳の初お目見えがあった。そのせいだろうか帰り際に出口で、富司純子さんのお姿があった。
 4000円の席というのにちょっと不安を覚えたけれど、双眼鏡で細部を確認しながら見たので、十分楽しめた。コストパフォーマンス良し、この調子でしょっ中来たい。。まずは来月の猿之助も見たい。
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千葉県柏で見る「ニーゼと光のアトリエ」

2017/05/24 08:00
昨日から仕事の資料作りに乗り出し、今日も頑張るぞと思っていたら友人から電話があった。今日、時間があるから柏の映画館で「ニーゼ」を見ようという。行きたい気もしたけれど、「今日は忙しい」と電話を切った。家人がそれを聞いていて、誘われたものを断るなんてとんでもない、もう誘われなくなると言う。私も実は行きたかったから資料作りは後にして出かけた。柏駅西口1分の柏シネマ旬報などという、行ったこともない映画館だ。

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 映画館は古くて、結構大きい。しかもシネマコンプレックスになっている。映画がまだ元気だったころの雰囲気がある。ブラジル映画「ニーゼの光のアトリエ」。渋谷のユーロスペースで上映した後は、探さないと上映館が見つからない。。映画はロボトミーや電気ショックが多用されていた1940年代の精神病院で、患者が本来持っているものを引き出そうとする精神科の女医の実話に基づいている。患者は絵を描いたり、犬と触れ合ったりしながら自分を取り戻していく。

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 精神科でカウンセラーをしていた友人は、ロボトミーも電気ショックも今も行われていると言う。

 映画が終わって、これまたレトロなカフエでお茶とケーキ。つまりあの界隈は古い雰囲気。帰りに寄ってスカーフを買った店の女性に言わせると、柏は千葉の渋谷と言われていたという。なるほど、我が家から渋谷に行くのと同じぐらいの時間でこちらにも来れるから、今度また気に入ったマイナーな映画がかかったら柏に来よう。
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伊勢神宮 内宮(皇大神宮)

2017/05/23 08:00
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 外宮に参拝し、おかげ横丁で赤福を食べてから内宮の参拝に向かう。五十鈴川にかかる宇治橋を渡る。この手前の鳥居の材は式年遷宮の後で、外宮正殿の棟持柱として使っていたものを使用し、向こう側の鳥居は内宮正殿の棟持柱を使っているという。ここで20年間使用した後は、さらに東海道の渡しのある桑名の鳥居、そして関町の鳥居として20年間使用されるという。

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 宇治橋を渡って右手に進み五十鈴川御手洗場に出る。

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 こちらが内宮(皇大神宮)の正殿。古殿地が奥にあるようだけれど、奥の階段を登ったところなので望めない。正殿の建物も外からはよく見えない。内宮の宮の鰹木は偶数だそうでこちらは10本、千木は横に切ってある。

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 荒祭宮(あらまつりのみや)に回る。天照大神の荒御魂(あらみたま)を祀る別宮である。
 
 伊勢神宮の内宮も外宮もとてもすっきりした境内である。説明板が少なく、何のご利益という売りもない。さすがに伊勢神宮である。西洋の寺院のような壮麗さに価値を置くのでなく、あくまでも自然の中に神聖なたたずまいを見せている。それは外国人にはなかなか理解できないだろう。そう思って振り返ってみると、外国人の数は少ない。
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おかげ横丁 赤福

2017/05/22 08:40
 大の甘党だから赤福はとても好き。京都に行くとお土産に、新幹線に乗る前の京都駅で買って帰る。
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 今回は伊勢まいりに行ったので、本宮にお参りする前に、本店で五十鈴川を眺めながら、赤福をいただく。
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 赤福本店はおかげ横丁の入り口にある。

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 五十鈴川の橋の上からさっき赤福を食べたあたりを眺める。

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 五十鈴川をはさんで見ると、店の後ろには大きなお屋敷が続いている。

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 伊勢内宮の門前町がおはらい町。中でも古い建物を移築・復元して造られた部分ががおかげ横丁。

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 太鼓楼を通りかかると、ちょうど神恩太鼓の演奏時間だった。力強い演奏で、打ち手の大変な集中力が伝わってきた。
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伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)

2017/05/22 08:00
伊勢神宮は外宮から参拝することになっているので、まずは外宮へ。
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 外宮は正式には豊受大神宮といい、ご祭神は天照大神の御饌(みけ)を用意する食物の神様である豊受大神。 表参道から入っていく。

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 塀の内側が豊受大神の正宮(しょうぐう)。

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 鳥居の奥の拝殿には白い布がかかってる。ここからわずかに正殿が見える。

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 正殿は横からわずかに見ることができる。千木は垂直に切られている。外宮の社殿の鰹木は奇数で、正殿の鰹木は9本ということだった。

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 正宮の手前の敷地。こちらが古殿地で、今回の式年遷宮の前はこちらに正宮があった。敷地をかわるがわる使うわけだ。

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 正宮を降りて、多賀宮(たかのみや)に向かう手前に小さな流れがある。亀石と呼ばれる亀の形をした大きなひらたい石が橋の役目をしている。その前にあるのが「三つ石」。正式名を「河原祓所」といい、式年遷宮の時にはここで儀式が行われる。パワースポットとして有名なよう。ただし何の説明板もない。そのあたり、外宮全体に言えるのだけれど、すっきりしていてとてもいい。

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 亀石をわたり階段を上って多賀宮へ。

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 多賀宮は豊受大神の荒魂(あらみたま)をお祭りする別宮。横に古殿地があるので、こちらも式年遷宮で建て替えられる宮であることがわかる。建て替えられる宮は14あるとのこと。

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 外宮の最後に「せんぐう館」に入る。2013年の第63回遷宮を記念して作られた施設で、内容がすばらしかった。シアターの映像をすべて見てから展示品を見る。地下に外宮正殿の妻部分の4分の一が原寸大で作られており、詳細に見学することができた。
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蘇民将来子孫門

2017/05/21 12:16
 伊勢地方を歩いていたら、この季節、5月でも玄関の上にお正月のしめ縄を飾った家が目に付いた。松阪の本居宣長旧居の入り口にもあった。

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 よく見ると真ん中に蘇民将来子孫門の板札がある。それで思い出すのは信濃国分寺八日堂で1月7日から8日に行われる縁日で売られている蘇民将来符。蘇民将来についてはいろいろな解釈があるものの、実はスサノオノミコトの借りの姿である人物に一夜を提供し、その恩が子々孫々まで報われると言われた人物のよう。だから蘇民将来子孫との表示をしておけば無病息災、家内安全につながる。全国に蘇民将来信仰があり、京都の祇園祭では各山鉾で「蘇民将来子孫也」と記した粽が(ちまき)が授与される。

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 伊勢では「蘇民将来子孫門」の表示をする。

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 小さいタイプもある。
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GINZA SIX

2017/05/20 16:55
仕事の帰りに新橋で降りてGINZA SIXを覗く。大きな蔦屋がある。今度また寄りたい。

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目を惹くのは天井からぶら下がっている草間彌生の水玉カボチャ。

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屋上庭園。向こうの方では水をはった上を子供たちが遊んでいる。

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若い人に連れられて、銀座の歩行者天国を歩いて京橋まで歩く。プラダだの何だのと今風のビルを、おのぼりさんよろしく感心しながら見上げる。だいぶ歩いて最後に連れていかれたのが京橋エドグラン。やっと夕食。
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お茶の木

2017/05/17 07:05
かぬてから自分でお茶を栽培して手揉み茶を作りたいと思っていた。自分で作ったらさぞかし香りがいいだろう。折しも新茶の時期。お茶の木で垣根なんかを作っておき、この時期に茶摘みをしたい。

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一昨年、早稲田大学の大隈庭園にあったお茶の木から実をいただいてきた。種から育てたお茶の木の子供達。大切にしているのに育ちの悪い方から枯れて半分ほどになった。もうプランターの中が条件が合わないのかもしれない。東御に持って行って育てたいけれど、寒さで全部やられたら、それもショック。友人が目も開かない子猫を育てたけれど、種から育てるのはそんな気分。
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柚子の花

2017/05/16 07:20
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柚子の花がたくさん付いている。植えてから20年以上も実をつけなかったものが、ここに来て付けるようになった。でも昨年たくさん実を付けたみかんの花は咲いていないから、柚子もこの後毎年実を付けると考えていると、期待はずれになるのだろう。今年は柚子ジャム、柚子茶のほかに柚子胡椒を作るつもりなので、「柚子のバカ」などとは言わないで、宜しくの気分。

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下を見ると、前の日種を蒔いた土の上に花びらが落ちている。トマト、ツルムラサキ、マリーゴールド、ナスタチューム、西洋パセリにパクチー。

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シランが花盛りなので摘んでくる。
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伊勢神宮献上の熨斗鮑(のしあわび)

2017/05/15 07:00
 相差町から海岸線にそって少し北上して国崎(くざき)に行く。かつて倭姫が天照大神鎮座の地を探していた時に、この地で海女から鮑を献上され、それがきわめて美味だったことから、毎年伊勢神宮へ鮑を献上するようになったという。

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 熨斗鮑として献上される鮑をとるために伊勢志摩の海女たちが毎年「前の浜」に集まる。(鳥羽市HP)

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 「前の浜」の横にはこんな部分がある。とった鰒をここにためておくんだろうか。

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 前の浜の横にある鎧崎灯台に向かってちょっと登ると伊勢神宮御料鰒調整所がある。土地の古老が一つ一つ皮をむくように薄くそぐ。

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 そいだ鰒をほすところ。(リンゴの皮みたいに細長いのをほすのだろう)

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  熨斗鰒はこんな風に出来る。我々がお祝いの時に使う熨斗の由来もここにあるそうだ。

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 倭姫巡行の碑を見て、さらに登っていくと、鎧崎の可愛らしい灯台に出る。。

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 調整所からの階段沿いに見えた藤色の花をよく見たら、タツナミソウだった。
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石神さんの春まつり

2017/05/14 17:37
 母上が鳥羽市の相差(おうさつ)町出身の方から、この地が日本で海女さんが一番多いことを聞いた。毎年5月7日に石神さんの春祭りがあり、男たちが調理して、海女さんだけでなく訪れた人々にもふるまうことを聞いた。それで伊吹山に登って大垣に宿泊した翌日は、朝早くから相差を目指して南下した。

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 海女文化資料館の横の道を少し上っていくと、神明神社がある。境内の右手に小さな社があって、そちらが石神さんである。 

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 この日は石神さんの春の祭りだからお供え物が供えてある、

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 石神さんは女性の願いを一つだけかなえてくれるという。それで私も数ある願い事の中から一つだけお願いする。

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 式典の時間が近づいてくると白い衣装の海女さんがやってきた。相差町には100人近くの現役の海女さんがいる。

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 年配の海女さんが多いなかで、若くて美人の海女さんが目を曳く。

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 このお二人は母娘の海女さんだった。しかも三代続く海女さん一家で、有名な方たちのよう。

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 ありました。鳥羽市のポスターには3代の写真が。

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 海女さんにあいさつするといずれも、とてもいい笑顔を返してくれる。海に潜って貝をとるのはとてもやりがいのある仕事であることが想像がつく。

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 青い衣装の方は、このあたりの氏子代表か。

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 式典が終わると、おふるまいになる。男の人達がカニ汁を作ったり、さざえや牡蠣を焼いたりしている。私も焼き物や汁、そしてうどんまでいただき、満足。ごちそうさまでした。

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 帰りは再び境内に至る細い道を引き返す。途中に古民家を改装した「海女の家五左屋」がある。相差ではこのあと明治44年に座礁した駆逐艦「春雨」の殉難碑のある春雨展望台に行く。的矢湾が眼下に広がり向かいに安乗崎灯台が見えた。5月7日
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関ヶ原

2017/05/13 23:06
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伊吹山を下ると、そこは関ヶ原。石田三成の陣がある。

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小高い山の麓に馬防柵がある。そこから少し登ると、関ヶ原全体を見渡せる展望台にでる。

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徳川家康は最初、左手の南宮山の麓に陣を構えた。その右手には緒戦で華々しい活躍をした井伊直政の陣。

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左手には島津義久の陣。島津は西軍に付きながら戦わず、最期に伊勢街道を抜けて決死の逃亡を果たした。

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西軍から東軍に寝返った小早川秀秋の陣が山の上に見える。一番右端の山中、石田三成の陣の近くには討ち死にした大谷吉継の陣が見える。


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実際に見えた夕闇が迫って来た南宮山方面。

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眼下の田圃の中には最後の決戦地が見える。

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石田三成の陣から降って、決戦地のあたりを歩く。関ヶ原の戦いは1日で終わった。8時に始まり2時に終わったわずか6時間の戦いであるけれど、日本の歴史上極めて大切な1日だった。天下分けめだったばかりでなく、この日の動きで大名たちの江戸時代の配置が決まった。
思えば関ヶ原は交通の要衝である。北に伊吹山地が連なり、南には鈴鹿山脈があり、その間の通り道に当たる。古代最大の内乱であった壬申の乱もまた、ここで戦いが繰り広げられたのだ。

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伊吹山登山

2017/05/12 13:37
伊吹山ドライブウェイのゲートに入る時に、「少し行くと霧の中に入ります。上に行っても何も見えませんがいいですか?」と言われた。確かに三千なにがしかの通行料を払っても、何も見えなかったら不満を持つ人が多いに違いない。私も何も見えなかったらつまらないのだけれど、何といっても百名山の96座目である。何もみえなくても登りたい。

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 車で登りだしてすぐに深い霧の中に入った。数メートル先までしか見えない。運転も危険な中を進む。けれどもしばらく行くとちょっと霧が薄れてきた。スカイテラス駐車場から中央登山道コースをとると伊吹山山頂までは30分もかからない。伊吹山は植物の宝庫で、我が家にもイブキジャコウソウがあるし、山ではイブキトラノオも見た。でもこの時期はまだ、花は少ない。歩き始めに目についたのはコガネネコノメソウ。

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 セントウソウ。

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ヤマエンゴサク。

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 ふわりとぶらさっがているコケ。

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 麓からの登りは急なところが多いものの、山頂はなだらかである。ヤマトタケルの像がある。こちらは一等三角点。

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 下の方で雲が渦巻いているのが見える。それが見えるほど視界が開けてきたともいえる。

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 下りは西登山道コースを降りる。こちらに回ると琵琶湖が見えてきた。それほど視界はよくないけれど、竹生島が見える。琵琶湖の手前には小谷山が見える。 伊吹山は西に琵琶湖を望み、南には関ケ原という要地がある、日本を代表する大変な立地のところにあるのを実感した。5月6日。
 
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ホタルカズラ、フデリンドウ 西の谷

2017/05/05 08:48
ゴルフ場の下の道。この時期に行くのは初めてだからワクワクする。

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ちょっと見には瑠璃草かと思った。

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図鑑で調べてみたらホタルカズラだた。

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フデリンドウ。

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アケビの花。

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アケビの蔓はあちこちにある。

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ミヤマセセリもいた。
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朝のハナ

2017/05/05 07:38
ここのところ毎日庭いじり。昨日は畑に一本マルチの畝を作った。

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夜は夕食を終えるともう眠くなり、本を開いても、開いたまま眠ってしまう。そして朝は朝でいつまでも寝ている。

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ハナはとっくに目を覚ましていて、カーテンの閉まった暗い部屋の私の枕元で、じっと座ってこちらを見ている。

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ハナが子供の頃は、顔を触って起こされたものだけれど、今はじっと待つようになった。
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スミレ

2017/05/04 07:38
西の谷を目指して歩き出してすぐに紫色の花が目についた。

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葉っぱが細長いからスミレに思える。

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図鑑を見ると、「花は濃い紫色、唇弁の中央部には白地に紫色の筋が入り、側弁の基部には毛が入る。葉はヘラ型で、葉柄にははっきりした翼がある。」とある。

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「距は普通細長いが、変化が多い。」とある。ということで、この花は数あるスミレ類の中でもスミレと同定した。

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今日もタチツボスミレの葉を持つ、濃い紫色のを見つけた。

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こちらは、図鑑を持参して行かないと同定が難しい。
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春の西の谷

2017/05/04 07:00
西の谷に行く。このコースは昨年の秋からだから初めての春だ。一年を通して木々、野草、畑がどんな風に変化して行くのか楽しみにしている。

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歩き始め、原っぱの向こうに北アルプスが見える。

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谷への降り始めに、今は使っていない溜池がある。

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さらに降る。

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耕作されなくなった田んぼ。

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すぐ下の田んぼは起こしてある。

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谷の向こうに、藤原田の集落。

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押すな押すなのクリスマスローズの子供達

2017/05/03 08:32
庭が春本番を迎えている。

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居間から見えるようにと、目の前に植えたチューリップはさっぱり咲かない。

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小山の向こう側には、オランダで買って来た紫色のが咲いているものの、ちょっと小ぶり。

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紫色と白の花。

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小屋の前のチューリップ。後ろのクリスマスローズはとても良く咲いている。

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クリスマスローズの花の下を見てびっくりした。押すな押すなの子供達である。こんなのが何箇所もある。なんとか上手に育てて、たくさんに増やしたい。

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こちらは箒草の子供達。おろのいてあげないと共倒れしてしまう。
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タチツボスミレ

2017/05/02 21:33
タチツボスミレにしては色の濃い、そして姿の小さなのが池のそばに咲いていた。

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そばに薄紫の明らかにタチツボスミレと思われるのが咲いていたので比較してみる。

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明らかに下の方が色も濃いし、花も小さい。けれども他に違いが見つからない。図鑑で調べてみたら、タチツボスミレにもいろいろあった。ついていけない。この小さくて紫色の濃いのも”タチツボスミレ”で良しとしよう。
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2017/05/01 09:31
久しぶりの東御。桜の開花を逃したくないと、気がきでなかった。やっと連休になって来ることができた。途中軽井沢あたりまで来ると山桜の美しい景色が展開し始めた。我が家まで来ると、染井吉野は花がすっかり終わっていった。

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鬱金桜はまだ咲いている。早速手折って花瓶に挿した。

朝、散歩すると、明神池の染井吉野も終わっていた。でも山桜は咲いている。

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瞑想用の岩の横の桜も今が満開。

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まずは岩の上で朝の体操。
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東京タワー

2017/04/29 20:14
しばらくブログの更新をしていない。ここしばらく覚書のつもりで、見たものをなるべくブログにアップして来たから、更新しない日が続くのは不本意ではある。とはいえ、同時にいろいろなことは出来ない。ここのところ手がまわらないのである。

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数日前、仕事を終えて外に出たら、ライトアップした東京タワーが眼の前に迫って来た。小石川に出入りしていたのが、芝の東京タワーそばに出入りするようになって1週間。

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2日後にまた見上げると、ちがうライトアップ。

思えば、私が子供のころに東京タワーがつくられた。最初の頃はタワーを二重三重に列ができて、タワーに登るのは大変なことだった。ここに登るのは子供たちのあこがれだった。そしてあの頃、あこがれだったものが、もうひとつある。上野動物園の猿のチンチン電車だ。東京タワーにはなんとか登だけれど、チンチン電車には乗せてもらった記憶がない。
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アカシアの豆がはじける

2017/03/20 19:58
先日、西の谷に行った時に、アカシアの豆が沢山ぶら下がっているのを見た。

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鞘どうしを叩いてみると、硬い。そして今回2週間ぶりに来てみると玄関前に黒いものが散らばっている。近づいて見ると、アカシアの鞘がはじけて豆が散ったのだ。

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散っていた豆と鞘を集めてみる。鞘がうねっている。

おとといの夕方、西の谷に散歩して、アカシアの森のあたりを通りかかると、パチッパチッとはじける音がした。アカシアの鞘がはじけているのだとピンと来た。

さて、2日後の今朝同じ所を散歩しても音が聞こえない。鞘はある条件、例えば成熟度、気温、湿度などが一定の条件になった時に一斉にはじけるのだろう。

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アカシアは帰化植物ながらあちこちに見られる。この豆のはじけ方をみると、旺盛な繁殖力もうなづける。多分、植生の観点からみると、この繁栄ぶりは好ましくないだろう。でも私はアカシア白い花が好き。その甘い香りも好きだし、天ぷらで楽しむ。アカシアの蜂蜜はクセがなくていい。そして子供の頃は西田佐知子の「アカシアの雨にうたれて」が好きだったけれど、アカシアの木がわかるようになったのはこの10年。
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ジオグラフィカで歩く「西の谷」散歩

2017/03/20 19:14
最近歩くようになった山荘の西側の谷に行く散歩コースの名前を「西の谷」コースと命名しよう。カシオのプロトレックで、標高差を測ってみると、およそ100メートル。谷の向こう側を登って藤原田の台地に登れば、累計高度はもっとある。
この辺り、地形が変化に富んでいて、土地利用も様々。iPhoneのアプリで、最近使い出したジオグラフィカを見ながら歩くと、地図の中の自分の位置が正確に表示されて、勉強になる。2万5千分の1の地形図がいかに正確であるかもわかる。

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ここまで正確に読み込む感覚は、実際の地図を持って歩いた時には得られなかった。ガーミンのGPSは要らなくなりそう。ガーミンは位置が極めて正確に出るから、今まで何度も助けられた。乾電池使用だから、バッテリー切れの心配もなかった。ただし画面が小さいから事前にパソコンからルートを入れておかないと、山の中でどの位置にいるのかつかみづらい。だから一手間かかる。
気になるのはジオグラフィカの精度である。ガーミンに比べてどうのとは言えないけれど、随分といい気がする。
もう1つある山歩きGPSアプリ、ヤマップとの比較でいうと、ジオグラフィカの方が地図がいい。ヤマップのように事前に地図をダウンロードしなくてもいい。でもヤマップのいいところはタイム入りのコースがのっていることで、スマホを見ただけで計画を立てるのにいい。
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「騎士団長殺し」を読む

2017/03/04 23:41
昨夜から「騎士団長殺し」を読みだして今日は第2夜。今、一巻の真ん中あたり。話が思わぬ方向に展開していって、まさにページターナーである。けれども山荘で夜一人で読むのは怖くなってきた。なにしろ一人暮らしの山中の家で起こる不思議なことが続くのだ。最近怖がりになったんだろうか。映画「沈黙」も拷問シーンが億劫で、見たいのに、見に行けない。山でも、昔は何でもなかった岩場が怖くなった。歩道橋から下を見たって怖いのである。
続きを読みたいけれど、今日のところはここまでにしよう。明日は友人がやって来る。今回は本当によくきてくれてありがとうという感じ。
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湯の丸山 スノーシュー

2017/03/04 19:09
湯の丸スキー場のある地蔵峠の駐車場はいくつもあるのに、どれもいっぱいでびっくりした。平日は斜面にスキーヤーが一人か二人しか見えないのに、土曜ともなるとこんなに来るのかとおもった。スキー場を観察すると、ポールが立ててある。大会があるのだ。仕方なく路上駐車した。

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出発は11時。ロッジ花紋の前でスノーシューをはく。臼窪湿原までは林道を行き、手前から林の中を登りだす。多少踏み跡があるけれど、雪の上を好きなように登ってみる。ちょうどリフトの頂上に出た。

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リフトを背にしてなだらかに下る。湯の丸山がみえる。

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小動物の足跡があちこちに。

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この辺り、広々としている。

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浅間山が噴煙をあげている。

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湯の丸山の山頂を踏んで、登りの時よりも手前の樹林の中を通って臼窪湿原に下る。湿原は雪原になっている。新雪を踏んで、好きなようにルートをとって気持ちよく歩く。地蔵峠に戻ったのが2時だから3時間のハイクだった。標高差は約300メートル。登山アプリケーションのジオグラフィカを使ってみた。標高、時刻などを音声で知らせてくれる。ガーミンよりも使い勝手が簡単である。長時間仕様で、より精度を求めるならガーミンだろうけれど、こちらはなにしろスマートフォンなのだから便利。
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村上春樹を読みます

2017/03/03 18:10
今日は東御に来るのに珍しく早く家を出たから、小諸の布引いちご園で思い切りイチゴを食べてから、あぐりの湯によっていくことにした。けれどもいちご園は閉鎖中。お客さんの数に収穫が追いつかないとみえる。今年2回目の空振りになった。気を取り直してあぐりの湯に行くと、章姫が2パック残っていたので、素早く買った。お風呂を出てからなんて言っているとなくなりそうな気がしたのだ。温泉では雛祭りですからとみすず飴のサービス。雛祭りなんてすっかり忘れていた。お雛様を飾らなくなって随分経つ。
温泉から出て、布引観音を通ったので、参詣した。思えば今年は百名山を終わらせて、次のところを狙うつもりになっているから、トレーニングを日常に組みこむつもり。布引観音だったら湯の丸や北八ヶ岳ほど遠くない。今度から通りかかったらいつも登ることにしよう。いや通り掛からなくてもしょっちゅう通って一度に5回ぐらい登るのはいい考えだ。後で標高差を調べておこう。
そんな風に過ごして家に着いてもまだ明るかった。庭の点検をする。雪なし。チューリップに堆肥をかける。日が伸びたせいか、それでもまだ余裕で明るいうちに家の中で落ち着いた。いつもは落ち着くのが夜になることが多いから、明るいうちに炬燵に潜りこむのはうれしい。イチゴとドーナツでお茶をしようと、持って来た本をならべてみた。村上春樹があるではないか。思わず幸せ気分がわいてきた。今日はお風呂にも入ったし、庭の点検をし、運動もし、布団も敷いたし、夕食はあるものを食べる。しなければならないことは何もない。猫がいないのがちょっと寂しいけど、仕方ないか。

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村上春樹の「騎士団長殺し」は2月25日に届いていた。来てすぐにページを開いたけれどやめておいた。彼の本は自らも意図しているようにページターナーである。つまり次はどうなるのかと、期待感でページがめくりたくなる。でもここのところ、そんな場合ではなかった。
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白いクリスマスローズ

2017/03/03 16:49
2ヶ月ぶりの東御。庭の様子はちょっと見には変わらないけど、よく見るとチューリップの葉が少し出ているし、梅の蕾も膨らんできた。蕗の塔はまだ出てないけれどお正月に来た時に比べると日差しが明るい。

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クリスマスローズの様子を見たら、白い花だけ咲いている。

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もう少しで開きそうなのがある。後のクリスマスローズは花芽が出たばかり。3月末には咲きそろいそう。
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チーズフォンデュ 湯元から光徳牧場 スノーシュー

2017/03/02 12:14
一週間前の日光の湯元から光徳牧場に抜けるコースを、もう一度歩いた。先週は直前に20センチほど積もった新雪の上を歩いた。その後雪はほとんど降らなかったようで、ウサギだの鹿の足跡があちこちについている。

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今回は用意してくれる参加者がいてチーズフォンデュを囲んだ。フランシスパンの他にもアスパラ、ブロッコリー、カボチャ、ジャガイモなどの煮野菜もある。

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やっぱりワインがあると良いですねなんて言ったら、ちゃんと用意されてあって、温めた白ワインをいただく。そしてコーヒーは自宅で入れて来たのがポットから注がれた。いやあ、私も今度はこんな心遣いしなくちゃと刺激を受けた。ありがとうございます。

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昼食の後はほとんど下り。とはいえ結構ワインを飲んでいるから、ひどく息が切れる。

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大きな熊の爪痕。上の方までいくつもある。

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鹿に食べられた幹。まだ生々しい。
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カボチャと林檎

2017/02/24 13:39
春の兆しが見えてくると、昨年の秋に取り入れたり買っておいた果物や野菜を使い切らなければと、気がせいてくる。サツマイモ、ジャガイモ、ヤーコン、里芋、ネギ、ミカン、キューイ、カボチャ、林檎。そういうのが台所ばかりか玄関、廊下などにころがっている。それぞれ収穫の時期には、あれこれに使いかたを描いて、ありがたく手に入れた。ところが2人しか食べる人間が居ない上に、食材を小まめに料理するわけではないから、使い切れずに残っていて焦りだす。大家族で、作っても作っても喜んで食べる人間がいるのも時に羨ましい。

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今日は毎朝のように人参と一緒にスムージーにして来ても、まだ残っていて黒いシミまで出て来た林檎の皮をむいた。蜂蜜と甜菜糖で煮てプリザーブにするつもり。カボチャは皮の白いのが健在なので半分は煮付け、半分は圧力鍋で蒸してカボチャスープにするつもり。10センチも無いような小さなカボチャは上田の直売所でネットに10個以上入ったのを買って来た。京都のお惣菜屋さんで見たような、半分に切った姿のカボチャの漬物にするつもり。
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ハナは19歳

2017/02/23 20:48
ハナは今日で19歳になった。

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昔に比べると随分と動かなくなった。でも元気。

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こんなに長く一緒に暮らすなんて、もらって来た時には想像していなかった。若い頃は狐みたいな顔つきだったけれど、今ではまん丸になっている。
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湯元から光徳牧場 スノーシュー

2017/02/22 18:10
昨日は雪が舞い、風が吹き、寒い中をとにかく歩いた。日光湯元の休暇村館に入ると、そこは暖かくて別世界。温泉に浸かるのがこんなにいいものかと思った。翌日もあんな中を歩くのかと寝たけれど、今日はいい天気。

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冬は閉鎖の湯元から金精峠に入るところから山に入る。朝のうちは木の上に雪が積もっている。空は青空。道も歩きやすい。

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昨年、切込湖に行った時に超えた小峠への道を左に分け、GPSで確認しながら森の中に入る。この辺り、雪のある時でないと取れないルートだろう。登りつめたら男体山が前方に見えてきた。

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気持ちよく開けたところで昼食。今回は8人のグループ。この後は雪の中を各自新雪を踏んで自由に下る。

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鹿の通った跡の溝がついている。

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下りきって光徳牧場のあたり、広々として気持ちいい。
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奥日光 スノーシュー

2017/02/21 21:08
日光の天気はいい予報が出ていたのに今市を過ぎた頃から雪がちらつきだした。いろは坂にかかる頃は本降りで、道路を注意するばかりでなく、すぐに曇るフロントガラスを通して前方をやっとの思いで注視する。

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竜頭ノ滝から歩き始めて、中禅寺湖にそって歩き栃窪のあたり。

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熊窪からは中禅寺湖を離れて、高山の鞍部の峠まで登り。小田代ヶ原を横切って赤沼に出た。

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平成の浪曲時代がやってきた 玉川奈々福

2017/02/16 20:32
雑誌「東京人」2月号が浪曲を特集しているのを見て、私は浪曲に興味を持っていたことを思い出した。

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子供の頃の浪曲の思い出は父に連れて行かれた浪曲天狗道場。あの頃はラジオで浪曲がながれていた。その後、浪曲との繋がりはないけれど、次に登場したのが島津亜矢の「俵星玄蕃」。三波春夫の浪曲歌謡を堂々と歌っている姿を見て、私も歌えるようになりたいと思った。今のところ島津亜矢の語り入り「旅笠道中」なんてのを練習したけれど、浪曲歌謡までいってない。それがこの雑誌を見て、そうだ浪曲を聞きに行こうと思った。

浅草の木馬亭では毎月1日から7日まで浪曲をやっている。12時15分に始まって4時まで7人の浪曲と1人の講談を聞く。この日は節分で休憩時間には豆まきがあり、ずいぶんと拾ってしまった。

飛び抜けてよかったのは「仙台の鬼夫婦」をやった玉川奈々福。追っかけになるの、いいかなと思う。若手では港家小ゆきがメリハリがあった。

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クリスマスローズが咲いた

2017/02/14 17:12
今日は2月14日のバレンタインデー。お教室ではアソートタイプのチョコレートの箱を持って男性だけでなく女性にも配る姿が見られた。

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道路との境にあるクリスマスローズが花をつけた。狭いところで、しかも蛇の髭に圧迫されながらも毎年花をつける強靭さにいつも感心している。しかも今年はいくつも花を付けているのだ。しかも花の時期が長い。
バレンタインデー、それは我が家のクリスマスローズが咲く時として歳時記に入れよう。
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豊臣秀次ゆかりの瑞泉寺

2017/02/13 22:15
豊臣秀次は秀吉の後継として関白位まで譲られながら、淀君に秀頼が誕生すると疎まれて高野山で切腹に追い込まれた。

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斬首された首は三条河原にさらされた。

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秀次の子供のほか正室、側室ら女性30余名がその前で処刑された。

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遺体は穴を掘って埋めその上に大きな塚を作り、頂上に秀次の首を納めた石櫃を置いた。

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この塚は岩佐又兵衛作といわれる舟木本の「洛中洛外図屏風」の三条の橋の下に描かれている。

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御朱印船貿易で活躍していた角倉了以は、鴨川に沿って高瀬川を開削したが、その時に秀次を弔う為に、三条河原の処刑が行われた場所に瑞泉寺を建てた。

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瑞泉寺の近くには高瀬川の壱の船入りがあり、角倉了以の邸宅もあった。

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瑞泉寺の秀次の墓。

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墓の基壇には秀次の首を納めた「中空の石櫃」がはめ込まれている。
1月17日
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「信長と天皇」今谷明

2017/02/12 22:56
織田信長は延暦寺を焼き討ちし、一向宗徒を根絶やしにした。将軍として足利義昭を奉じて入京していながら、その座から引きずり下ろし室町幕府を滅亡させた。既存の勢力にも、宗教にも屈しなかった信長が天皇とは果たしてどんな関係であったのか。今谷氏は信長と渡り合った正親町天皇を、後白河上皇にも匹敵する策士としている。

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思うようにならない正親町天皇をうとましくなった信長は、譲位を強要するが、拒絶される。老獪ともいえる天皇はしたたかに信長とやりあっていく。信長は最終的に天皇に三職任官をもちかけさせる。太政大臣か、関白か将軍かである。間も無く信長は本能寺で倒れてしまうからその返事をせずに終わってしまった。しかし信長は将軍宣下をねらい幕府を開設する道を選んでいたと今谷氏はみている。

信長は最終的に将軍職を狙ったというのが本書である。いや、信長がもっと生きていれば更にちがうものをねらったのかもしれない。何れにしても、信長でさえ天皇を思うようには出来なかったわけだ。そうしてみると、信長の一生というのも危うくて、苦労の多いものに見えてくる。

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韮山代官の江川邸

2017/02/12 21:48
韮山代官として反射炉をつくり、江戸湾にお台場を作った江川英龍の江川邸を訪れる。江川家の住居あとをイメージしていたら、代官として役所も兼ねるような立派な建物だった。

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江川家は鎌倉時代から続き、幕府成立以前からこの地に力を持っていた。そして、江戸時代を通して、代々代官を勤めてきた。反射炉を作った江川英龍は、36代目にあたる。

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玄関から門の方を見る。大河ドラマ「天璋院篤姫」のロケで使われたとのこと。

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江川家は韮山役所のほか江戸役所、三島陣屋など預り地を含め最大10万石を統治する幕臣だった。

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ここは高島流砲術を教える韮山塾でもあり、塾生名簿には、幕末に活躍したそうそうたる人達が名を連ねる。中でも吉田松陰や勝海舟に影響を与えた佐久間象山に目がとまる。

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広い土間があり、かまどが見える。このかまどで、江川英龍は日本最初のパンを焼いたらしい。パンといっても、焼けたあとしばらく灰の中に入れて乾燥させ、兵糧とした。

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敷地にパン祖の碑がある。

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蔵二棟。

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敷地はとても広い。
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韮山反射炉

2017/02/10 16:15
2015年に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録された。だいぶ前から韮山に反射炉というのがあり、周りに黒線の入った施設の写真は見ていたものの、それがどんな意味を持つものかわからなかった。それがにわかに注目を集め、私ごときも見にいくのだから、世界遺産になるというのは効果ありといえる。

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近づいて行くと、4本の煙突があるのがわかる。2つの反射炉があって、それぞれ2本づつ煙突を立てているわけだ。反射炉はペリー来航後に海防の必要から大砲鋳造の溶鉱炉として作られた。大砲を鋳造するため大量の鉄を溶かして鋳型に流し込まなければならない。それまでの日本にはそんな施設はなかった。蘭書だけをもとに、日本で最初に反射炉を作ることに成功したのは鍋島直正の佐賀藩だった。その佐賀藩と交流し、情報を交換しあっていたのは韮山代官の江川英龍だった。彼の手がけた韮山反射炉は死後間もなくの1857年の11月に完成した。

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左が鋳口で銑鉄をいれる。右が焚口でここから石炭を入れて燃やす。

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反射炉の名前は内部で熱を反射させていることに由来する。

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出湯口のある側。

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ここで製作された大砲は、同じく江川英龍が品川沖に作った砲台であるお台場に設置された。

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江川英龍の自画像 江川邸

2017/02/08 16:38
伊豆韮山の反射炉が、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界遺産に登録された。そしてにわかに、これを建築した江川英龍が注目されるようになった。韮山の代官であった彼の功績で有名なのは反射炉の他に、品川にお台場を建築したこと、そして日本人として初めてパンを焼いたことがある。その江川英龍は蘭学をものにしていたばかりでなく、書や絵が得意だった。

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彼の自画像は目が大きく、目鼻立ちがはっきりしている。体格もしっかりしていたように見える。以前雑誌に江川家の今の御当主の写真が載っていた。目がぱっちりしていて、似ていらっしゃるのが印象に残った。

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こちらは先ほどの自画像から誰かが起こしたものだろうか。

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こちらも自画像。表情があって、彼の才能が偲ばれる。

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昆虫の絵。蘭学者でもあった彼は、シーボルトなどのオランダの博物学の影響を受けていたのだろうか。

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イタチだろう。
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