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マルハナバチのつぶやき

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マルハナバチのつぶやき
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信州の週末田舎暮らし、植物、昆虫、旅行、山歩き、自転車旅の記録です。そして歴史歩きも。
Bumblebees' Garden in English
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蓼科山

2018/07/15 18:39
3日間農作業もやらずパソコンに向かい、出かけたのは明神館の温泉だけ。すると3日目の夜は頭がスパークした感じでさっぱり眠れなくなった。夜が白々と明け、この際は山にでも行って体を動かし、心と体のバランスを取ることにした。標高差400mの湯の丸山か、600mの蓼科山か、あるいは1000mの四阿山にするか迷った末、久しぶりに蓼科山に登ることにした。6時、7合目登山口発、8時山頂。10時下山。

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歩き始めは笹の中の道。間もなく苔の森へ。

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登山道はほぼ石の上に付いている。その石が最初は10センチ平均ぐらいだったものがだんだんと大きくなる。蓼科山荘からの最期の登りは1メートル以上の石が続いて、それが足の裏に対して様々な角度だから極めて歩きづらい。

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頂上の下で会ったカップルは北アルプスが良く見えて最高の眺望でしたと言っていたのに、今しも雲が湧きつつある眺望。それでも槍の穂先だけは見えた。

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頂上の三角点の石を、いとしくなでる。

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頂上は火口になっているから、大きな岩がゴロゴロ。

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山頂の蓼科神社に参拝する。しかしこういう岩の間を歩くのが妙に苦手になっているのが気になる。この辺り霧が出て来たら、方向がわからなくなりそうで、その印象だけは前回にも持ったことが蘇る。

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山頂から降り始めると下の方に小さく蓼科山荘が見えてきた。そこから右に一山超えると懐かしの大河原峠だ。高校三年生の時に双子池からこの峠に出た。なんて美しい所だろうと思った。

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蓼科山荘でヤマネのバンダナを買う。そして管理人さんと話をする。今67歳、今年の春からこの仕事を始めたそうで、そのあたり興味深い話だった。5月から11月こちらに居て、2週間に一度家に帰るという。そばにネパール人がいた。今年で7年目。ここで2ヶ月働くという。出身地を聞くとクムジュンだそう。昨年ゴーキョピークに登った時にナムチェバザールから高度順化を兼ねて散歩したところだ。
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秋田犬とあおもり犬

2018/07/07 06:31
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フィギュアスケート女子金メダルのザギトワ選手に秋田犬を贈呈して話題だからだろうか、久保田城では秋田犬との触れ合うコーナーがあった。といっても6ヶ月になる秋田犬の花娘号(はなこ)は檻にはいったまま。網の外から手を差し出してなでる程度。

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それでも秋田犬の可愛らしさが伝わってくる。何しろ人が集まっているのに、ゆっくりしていて、全然吠え無い。うちのハナに見習わせたいぐらい。

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秋田犬は観光ポスターにも登場している。各地のゆるキャラよりも格調が高い感じ。

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青森県立美術館には「あおもり犬」がいた。青森県出身の奈良美智氏の作品。

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高さ19メートル。

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下から見上げる。

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白を基調とした青森県立美術館は県立美術館としては個性的な美術館。奈良美智氏の作品のある部屋からあおもり犬が見えるのに、なかなかたどり着けなかった。あと棟方志功の作品を見ることが出来た。
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マルハナバチ見っけ

2018/07/04 06:00
男鹿半島の入道崎のアザミの花にマルハナバチがいた。
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マルハナバチはよく動くからなかなか写真に撮れない。だから遠くからでも、まずシャッターを切る。

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少し近づいてもう一枚。

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ここまで近づいたら、さっと飛んで行った。
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男鹿半島

2018/07/03 06:00
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男鹿半島の北の先端、入道崎。下北半島の尻屋崎と同じ白黒ストライプの小さな灯台が立っている。

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海岸の段丘の下に海が広がる。段丘崖は急で海岸に降りる道が見つからない。

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段丘面の上一帯は草原になっている。北の方向に向かって石が立っている。

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北緯40度上にある石。

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車で八望台に向かって少し登ると左に一の目潟が見えてきた。

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間もなく右に二の目潟と、その向こうに戸賀湾が見えてくる。いずれも水蒸気爆発でぽっかり空いた穴であるマールに水が溜まり、湖と湾になったもので、以前から男鹿半島の地図を見るたびに、実際に見たいと思っていた。

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男鹿半島はもとは独立した島だった。それが2つの砂州で本土と結ばれ、陸繋島になった。2つの砂州に挟まれたところには、琵琶湖に次ぐ大きさの湖である八郎潟があった。今は干拓されて大規模経営がいとなまれている。男鹿半島の海岸線はなかなか荒々しい。海岸の内側には山がそそり立っていて、佐渡の外海府の海岸線を思い出させる。斜面が急で半島の内側から海岸線に出る道がほとんどない。

海の向こうに鳥海山が見えた。学生時代の山友達の恩師が退職して鳥海山麓の吹浦に住んでいたからよく訪ねた。そこから何度か鳥海山に登った。鳥海山が噴火した時に地元の古老が、女人禁制の山に女が登るようになったから山が怒って噴火したのだ、と言っていたっけ。
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岩木山神社

2018/07/02 06:00
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岳温泉からバスに乗って岩木山神社に向かう。岩木山が見える。上の方に雲がかかっている。

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岩木山神社に来てみると、鳥居の先に岩木山がそびえている。しかも雲一つ無い。

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夏越の祓えの前だから茅の輪作りをしている。

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拝殿。

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横から回って本殿を望む。

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本殿を右の方に回ると、池の中の島に白雲大龍神が祀られていた。

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岩木山の麓だから、豊かな水に恵まれている。

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社務所の門。

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社務所の建物は茅葺の大きな建物。

岩木山神社は、岩木山を望む大きくて質実な神社だった。8月1日には多くの人が山頂を目指す。私も岩木山神社から登りたいものだと思った。

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岩木山に登る 99座目

2018/07/01 06:00
今回の旅の最大の目的は岩木山登山だ。岩木山神社から登るつもりだったけれど、百沢にはまだかなり雪渓のゆきがあるようなので岳温泉から登ることにした。

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朝、弘前のホテルからは全部見えたのに、バスから見える岩木山には雲がかかり出した。天気予報もあまり良くない。結局は8合目までバスで行ってそこから歩くことにする。

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9合目までは樹林の中を登る。そこからは岩稜帯になり、霧が深く強風が吹く。雨が降らなかっただけでも幸いと言うべきか。頂上には一等三角点がある。晴れていれば日本海や北海道まで見えるところ、ほとんど眺望なし。9時に歩き出して3時間の山歩き。標高差400メートル。

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ウコンウツギ。

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ウラジロヨウラク。

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ミチノクコザクラはもう終わりそう。

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イワヒゲ。

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バスで岳温泉まで下って、「山のホテル」の温泉に入浴する。お湯がとてもいい。
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弘前城

2018/06/30 17:12
三内丸山遺跡のあと、青森県立美術館を見てから、弘前城に行った。

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弘前城の敷地は思った以上に広かった。今は緑の葉で覆われているけれど、桜の木が多くて、花の時期は素晴らしいだろう。お城の石垣は改修中。

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それに伴って天守閣は移動している。本来ならお濠の向こうに見えるものが、奥の方にある。どうやったらひけるものなのか、大変な技術だ。思い出すに、天守閣とは比較にならないけれど、幼い頃、我が家も家を引いてもらったことがある。日本の建築様式は天守閣まで、移動出来るものなのか?

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弘前駅のそばに、「虹のマート」という市場がある。魚、野菜、そして地元のものが並んでいて興味深い。弘前出身の人に勧められていたのでここにあるそば屋に入る。「まぼろしのそば」というのにニシンをのせたのを食べた。ニシンをそばに入れるというのは関西から入ってきたとのこと。こちらは製麺したのを売っていて、もともとはそちらが主なよう。添加物なしの美味しい麺を買って帰りたかったけれど、まだ先があるので諦めた。

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三内丸山遺跡

2018/06/29 12:19
「大人の休日」パスで青森県と秋田県を目指す。大宮駅始発6時出発の「はやぶさ」に乗って8時半には新青森駅に着いた。

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三内丸山遺跡行きのバスはまだ出ていないから30分ちょっと歩いていく。途中、ブタナだろうか、タンポポの丈を伸ばしたような花がずっと咲いている。昔の風景にはなかったような帰化植物の風情。青森県ではあちこちでこの花を見た。かつては同じく帰化植物のヒメジョオンやハルジオンが多かったけれど、今やブタナの時代に入って来たのか?

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三内丸山遺跡は4000年前まで1000年以上続いた縄文時代の集落跡である。当時は海に面していて遠方のヒスイや黒曜石も取引されていた。ゴマやひょうたんなども栽培していた。縄文時代というと狩猟採集社会で、遅れていたという我々の常識を変えた遺跡である。ずいぶん前から行きたく思い、今回は岩木山に登るのと合わせて訪れた。遺跡に入って、まず教科書にある二つの建物が見えてきた。

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三内丸山遺跡で一番有名なのは、この掘立柱の建物だろう。高さ15メートル、栗の木はシベリアから持ってきた。

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柱の穴は直径2メートル、そこに直径1メートルの栗の柱の一部が残っていた。3本柱の間隔は4.5メートルおきで、合計6本の穴があった。

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今復元されているものは、それらの穴の状態から想像したものだから、実際にはどんなものだったかはわからない。

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柱は内側に向かって2度ほど傾いていて、強度を出している。

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すぐそばに白いドームの建物があって、その中に本来の柱の穴の遺構が保存されている。この上に復元したものを建ててしまうと、遺構が残らないので、ずらして建てたとのこと。

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穴の中にくるみの柱の炭化したものが見える。

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掘立柱の建物は、さらに数棟が復元されている。高床式倉庫に似ている。

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横に長い巨大な竪穴式建物。

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中はとても広い。

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数百ある竪穴住居のいくつかが復元されている。実際の遺構の上に作られているけれど、復元されたものは想像による。何しろ縄文時代の家の絵なんてないのだ。三内丸山遺跡では3つのタイプのが建てられている。

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藁葺きの竪穴住居。

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周りを土で固めた竪穴住居。

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木の皮を葺いた竪穴住居。

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有名な平板土偶は思っていたより大きかった。
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6月の保存食作り

2018/06/28 12:22
6月はサクランボから始まって色々な実が熟する。

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6月中旬は梅、山椒、それからドクダミ。後方に見えるのは、サクランボのプリザーブのジャムとワラビの瓶詰。

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ドクダミは2週間ぐらいでみっちり育ち、裏の庭の一部を埋め尽くしてしまった。今年は雑草扱いせずに、干してドクダミ茶にする。

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この時期、山椒の実が熟する。どの段階でとるかは微妙だけれど、次に来るまでに熟しすぎるといけないから、出来るだけ取ってしまう。茹でた後、水につけ、醤油漬け、山椒ちりめんを作り、あとは冷凍した。

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梅はたいして収穫できなかったから、今年は梅干しはやめようとしていた。ところが私が見過ごしていたのがあったらしく、あとで行った家人が持ち帰ってきた。その分は梅干し漬けにした。塩分10パーセント。あとで赤シソを入れないといけない。果実酒用アルコールも入れた。

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私が前回取ってきた梅は酢の中に氷砂糖とともに入れて、梅酢ジュースにして飲むことにした。酢は健康に良いと聞かされて、酸っぱいものは得意でないのを方針転換のつもり。あとはきび糖に入れて梅ジュースにした。

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毎年、近所の知人からいただくビワ。思い切り食べて、あとは種子はそのままにして、皮だけ剥いてプリザーブにした。

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ジューンベリーは美しい実がなって、口に含むと美味しい。でも保存食作りには取り組んでない。これからの季節はブルーベリー。やっと紫になりだしたところ。



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前沢曲家集落

2018/06/27 20:54
湯の花温泉の近くにある、曲がり屋の残る前沢集落に行く。

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舘岩川の橋を渡って行くと、前沢集落に出る。

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水車小屋がある。

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樋を通して水をひいている。

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こちらは水車を使わずに、水が溜まるごとにバタンといって米をひく小屋。

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中を覗くと、ちゃんとギッタンバッタン動いていた。こういうの何というんだろうと考えていたら、バッタリ小屋と言うそうだ。

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前沢集落には、かつて馬を飼っていた名残の曲がり屋が13軒残っている。こちらは曲家資料館。

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二階部分が二ヶ所ある。こちらは子供部屋。

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外の緑色の景色が見える。

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こちらは屋根に葺く茅を貯蔵して置くところ。各家がそれぞれ茅を貯蔵していたらしい。でももう葺き替えは困難になってしまったらしい。この時2軒の家が茅葺屋根の補修をしていた。トラックに積んである茅はどこから来たのか聞いたら、外国からとの返事。

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前沢集落は明治40年の大火で全村が焼けた。その後一斉に再建したことが、今日、レベルの揃った曲家集落を残すことになったという。大火後は、毎晩火の用心の見廻りを欠かさないそうで、集落には今も昔が息づいている。今は人口30人。

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曲家資料館の横の階段を登って行くと小さな建物がある。

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なにかと思って覗くと、大きな切り株が建物の中にあった。県の天然記念物だった樹齢800年の「前沢の大杉」は1992年に雹を伴う突風で根元から折れて10メートル離れた民家を直撃して89歳のお年寄りの命を奪い、さらに2人が負傷した。翌年、処分されるはずだった材から阿弥陀如来像が彫られ大杉の上に安置された。お宮やお寺の由来はこうしてつくられるものなのか。

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集落の端、山の麓に鳥居が見える。前沢集落の氏神様が祀られているのだろう。

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集落の上の方にある薬師堂も明治40年の大火で延焼し、その後再建された。

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格天井の小勝延次氏の絵は、火災の火の元になった家が寄進したとのこと。前沢集落を歩いてみて、山あいの小さな集落の人々の信仰に、思いを馳せた。
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天空のヒメサユリ園

2018/06/26 06:00
湯の花温泉の共同浴場で一緒になった静岡県から来た方からヒメサユリ園に行って、とても良かったという話を聞いた。車で1時間ほどで行けるという。浴場の広間に出るとまた別の夫婦が今年のヒメサユリはもう満開かしらなんて話している。この辺りに、この時期に来る人の目当てはヒメサユリ園らしい。

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この日は天気だったら会津駒ヶ岳に登ることになっていたけれど、雨だったので迷わずにヒメサユリ園にに行くことにする。

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南会津町のかつての南郷村の地域のかなり山を登ったところにヒメサユリ園がある。南郷村はさいたま市が浦和市だった頃から姉妹都市だったから、市報の写真でよく見ていた馴染みの南郷ホテルの前を通る。

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ヒメサユリ園は20年ほど前に、種子を播いて何年もかけて作ったものだという。

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もともとは峠で1メートルほどの茅に覆われた草原で、入り会い地だったものを村に売ってから、ヒメサユリを栽培するようになった。

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私にとってヒメサユリというと、かつて登った飯豊山で見たのが印象に残っている、ただし、こちらのヒメサユリは飯豊山で見たのよりも色が濃い。

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色が濃いヒメサユリ。こちらのはほとんどこの色。

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薄ピンクのヒメサユリ。昔、飯豊山で見たのはこの色。

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色の薄いヒメサユリ。

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白色のヒメサユリ。アルビノに変異したものだろうか、数輪だけあった。
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湯の花温泉「ふじや」

2018/06/25 06:43
田代山湿原に登って湯の花温泉の「ふじや」に泊まった。

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釣り客も多いようで、焼いたばかりのイワナが出た。さらにイワナの刺身、そして残りの部分を揚げた唐揚げ。

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天ぷらは桑の葉、シロツメクサの花、ミニトマトなど。最近、椿の花、アカシアの花の天ぷらなんてのも美味しくいただいているから、天ぷらの可能性が広がって嬉しい。

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南会津町の地酒の試飲もする。會津、男山、国権、花泉の順番。

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山菜ばかりでなく、これからは畑で作った野菜も活躍するようで、身のまわりの食材を手料理して出してくださる。旅館やホテルではない、民宿の良さが生きている。最後は十割蕎麦で締め。こちらのご主人も奥さんも、ゆっくりしたお人柄に見えて、大変な働き者なんだろう。そうでないと、とてもこんな食事は用意できないかと!
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田代山の花 オサバグサ

2018/06/24 04:48
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今回、初めて見た気がするオサバグサ。登山道に沿って群落がある。葉がシダ植物のよう。

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ツマトリソウ。

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ゴゼンタチバナ。

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シャクナゲ。

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シャクナゲの蕾、色が濃い。

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ムラサキヤシオツツジ。

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帝釈山の頂上付近はベニサラサドウダンツツジの群落がある。

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ラショウモンカズラ。

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ハコネウツギ。

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ヤエムグラの一種だろう。

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こちら分からず。
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田代山湿原 帝釈山

2018/06/23 19:37
南会津の田代山湿原(1971m)と帝釈山(2060m)に登った。梅雨の合間の晴天に恵まれた。登山口の猿倉までは那須塩原駅からレンタカーで2時間以上かかった。

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山道を登って行くと平らになって、そこが田代山湿原。

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湿原の向こうに会津駒ケ岳が見える。その左には燧ヶ岳、至仏山がある。

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ワタスゲが一面に咲いている。

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タテヤマリンドウも一面に咲いている。

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姫シャクナゲのピンク色。
田代山から帝釈山にも登る。ちょっと下って、また登り、往復2時間ほど。

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宿には上空から撮った田代山湿原の写真があった。田代山の頂上は平らになっていて、それが田代湿原ということになる。

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田代湿原への登山道を整備したのはこの日泊まった宿「ふじや」の6代目当主、大山善八郎時澄氏。

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弘法大師を厚く信奉していた善八郎氏は、その頃まで魔物が住むと言われていた田代山に高野山から来てくれた僧侶2人と道なき道を登り、湿原を発見したという。その後道を通し弘法大師を祀った。つまり、善八郎氏が開山者ということになる。「ふじや」の現在の御当主は10代目だそうで、3歳になる男の子の姿が見えたから、彼が12代目だろう。9代目の奥さんは98歳だそうで、お元気そう。「ふじや」の敷地には湯の花温泉に4つある温泉の一つ「弘法の湯」がある。

この日の朝、「やまびこ」に乗るべく大宮駅のコンコースを歩いていたら、背中が妙に軽いのに気づいた。ザックを京浜東北線の網棚に忘れて来てた。急いでとって返したら折り返しの電車はまだ止まっていてザックがあった。
6月19日
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ひかる君

2018/06/22 07:24
歌の先生のワンちゃんひかる君。

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光源氏からとった名前だそう。15歳だから犬としては高齢。ルックスからはお年寄りの感じがしないけれど、もう段差は登れないそう。

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チワワだから大きさは猫ぐらい。いやそれより小さいかも。抱いて見ると見た目より重い。目が黒くてなんとも言えない。全然泣かないから静か。

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こちらは家のハナ。20歳。

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ひかる君の無垢な感じに比べると気持ちが張っている感じ。よく泣く。


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小岩井紬工房でストールを織る

2018/06/21 23:31
冬に上田のかつて蚕種の生産地として栄えていた塩沢地区を歩いた。その時に小岩井紬工房さんを見学させていただいた。その時からこちらで織りの体験をしたく思いやっと実現した。何しろこちらの「織りの休日倶楽部」という、1日ストール織り体験講座はすぐに一杯になるのだ。

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参加者は7人。あと半巾帯を2日かけて織っている方がいる。皆さん近くからと思えば、横浜、兵庫、大阪、東京、茨城など遠方の方、そして長野、東御市と私。教えてくださるのは3代目の小岩井良馬さん。大学卒業後、ドイツに滞在していた方で伝統工芸士。世の中に伝統の上田紬を発信していらっしゃる。

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ストールを織る前にまずは練習。
巻いた横糸の入っている梭(ひ)を横に飛ばして筬(おさ)で抑える。梭の行っている方の足を踏んで、もう一度筬で抑える。これが平織りの横糸一本通した時の作業。

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3時のお茶の前、私の織りがあと少しで半分ぐらいになったら同じく初参加の若い方が皆さんの様子を見に来た。もう半分行きましたかと聞くと「完成しました」との返事。そこからは、ちょっと焦り、必死になる。私の織りのうごきが遅いばかりでなく、かっちりと織ったのが時間のかかる原因だった。何しろ半分織る前に予定していた横糸がなくなってしまったのだ。最後に重さを計ると67グラム。今までで一番重い出来とのこと。たくさん糸を使用して申し訳ないような。

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家に帰って端の房を結んで出来上がり。なにしろ絹だから光沢があって素敵。

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工房には染色の部屋がある。りんご染め用の樹皮、それから桑の葉が見えた。

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二階は織りの下ごしらえをする部屋になっている。

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経糸はこんな風に巻いておく。こちらの部屋を見ると「織り」の前の作業が大変なのがわかる。すっかり何もかにも用意してもらっての「織りの体験」だ。そしてこの体験はとっても素敵なので、いずれ半巾帯を織り、着物の織りにたどり着きたい。

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こちらはストールよりも一歩進んだ半巾帯の製作。
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湯ノ丸山 わらび

2018/06/06 07:00
山は初めて、これから沢山登りたいと意欲を見せる友人と、どこに登ろうか考えた。結局いつもの湯ノ丸山にした。7時半の地蔵峠の駐車場にはまだ2、3台しか車が無い。高崎ナンバーのご夫婦が話しかけてくる。春とともに花と山菜を求めて、あちこち行ってらっしゃる。とても詳しくて、湯の丸のわらびのありかなど教えてくださる。

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スキー場から登り始めて間もなく、教わった通りのところにベニバナイチヤクソウが沢山花を付けていた。

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天気は良いけれど、富士山はおろか浅間山も見えない。大桟敷山や小桟敷山など近くの山は見える。

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頂上を往復した後、鐘まで戻って鹿沢方面の道を取る。ミヤマシロチョウの繁殖地を過ぎて、ゆったりとした道を行き、少し下って角間峠から来た道に出会う。

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この辺り広々として気持ちがいい。

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ズミの木がある。

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ズミの花が今見頃であちこちに。

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こちらもズミの花。いやエゾノコリンゴかもしれない。

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この辺り、つつじ平よりも標高が低いから咲いているレンゲツツジもある。

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わらびが出ている。

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家に帰ってあけたら、洗い桶一杯あった。

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帰りに湯楽里館で温泉に浸かり、直売所で破竹を買た。わらびも破竹もその日に灰汁取りしないとならないから、夜はほろ酔いながら忙しい。6月1日
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玉ねぎの収穫

2018/06/05 07:00
タマネギの葉が倒れている。玉がもっと大きくなって欲しいのに、収穫の時期が来てしまった。

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まだ倒れていないのが3つあるから、そちらは次回引き抜くことにする。何しろ少しでも大きくなって欲しいのだ。玉ねぎを作り出したのは昨年から。それまでは冬を越す作物はネギだけだった。昨年の可愛そうな出来に比べると大きいのが取れた。追肥したせいだろう。

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植えた苗は100以上あったのに収穫したのは30ちょっと。収穫率が良くない。したがってマルチには玉ねぎ苗の消えてしまった穴が沢山あったので、連休にところどころサツマイモの苗を刺した。その生存率もあまり良くない。連休に標高730メートルの地にサツマイモのような暖地の作物を植えるのは無理があるのだろう。でも殆どの作物の苗は連休に売り出して、売り切れると終わりなのだ。玉ねぎは畑で2日干してから軒の下に吊るした。

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カッコウとホトトギス

2018/06/04 21:50
農作業をしていたら、上の方で「カッコウ カッコウ」と周囲を圧する大音声。

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見まわしてみたら近くのモミの木のてっぺんにカッコウらしいのが止まっている。

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iPhoneのズームで撮った写真を拡大して、カッコウの部分を切り取ってみた。首回りが白いのが分かるぐらいの精度。この日は近縁のホトトギスの「トウキョウトッキョキョカキョク」ともとれる鳴き声も耳にした。
どちらも他の野鳥に托卵する。孵った雛は仮親の本当の子供雛を後ろ向きになって足で巣の外に蹴落としてしまう。あの映像を見てからは、カッコウもホトトギスも嫌な存在に思える。実際の性格はどうなんだろう。「カッコウ」という鳴き声もそばで鳴かれると、声が大きくて、周囲を支配するような威圧感がある。
この日はオナガが4羽、飛び回っていた。長い尾が、優雅ながら、声はギーギーいっている。キジも庭に来た。雀は庭に撒いている古米を良く食べに来る。
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サクランボの収穫

2018/06/02 23:25
サクランボが真っ赤になった。

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佐藤錦は木ばかり大きくなったくせに、年に数個しか実をつけない。でもこの木は良く実をつける。しかもこぼれダネからも木が育ち、今では何本もサクランボの木が実をつけている。

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実は小粒だけれど、甘くて美味しい。それが一斉に赤くなり、時期を逃すと全部落ちてしまう。今年は丁度良い時に収穫した。

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脚立に立って上の枝の収穫も厭わない友人。そしてヘタから実も取ってくれた。

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ザルに3杯ほどあった。せっせと食べたものの、日持ちしないから、残りは保存食。種があるからジャムにするしか無いか。
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花粉団子を持つマルハナバチみっけ

2018/05/27 17:07
東京プリンスホテルの久留米ツツジの中に飛ぶマルハナバチを見つけた。

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花粉団子を付けている。

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一つの花にいる時間が短くて次から次に移る。でも花があまり深くないから、追っていける。

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横からみると後ろ足に花粉団子を付けているのがわかる。
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ネギ坊主の天ぷら

2018/05/18 22:57
今まで最低でも2泊以上しているけれど、今回は1泊の東御。車の運転、食事の支度、農作業までやってくれる二人が一緒だからそれでも十分用が足りた。しかも今回は猫がいないから軽井沢のショッピングセンターに寄って、スニーカー、ハイキングシューズ、アイスブレーカーの靴下とウエアーも買えた。ついでに軽井沢のツルヤにも寄った。

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お昼は半田そうめんと天ぷら。

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前回植えたネギ苗に出た葱坊主の小さいのを摘んで天ぷらにしたのはヒットだった。

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コシアブラは直売所から。あとは近くで取ってきたアカシアの花、庭のパセリとウド。

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畑の方もやるべきことを終わらせた。
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牡丹の花

2018/05/13 23:31
東御を後にする頃に牡丹の花が咲き出した。

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さいたまに帰る時に4輪持ち帰る。牡丹は何本か植えたのにどれも木がだんだん細って2本だけになった。でも昨年のこぼれ種から生えたのだろう、1本子供が育っている。

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枯れてしまった牡丹の木の中には息子が中学生だった時に鎌倉の鶴岡八幡宮で買った薄ピンクのがあった。「坂の上の雲」の中に正岡子規と牡丹のことが書いてあるから買ってほしいと言われたのだ。その牡丹は何年も春に大きな花をつけて楽しませてくれた。

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その後、娘も牡丹を植えたいと言い、東御の庭に植えた。そちらが、今咲いている牡丹かもしれない。いずれにしても、だんだん減って行くのでなくて、うまく手入れをしてだんだん増やせたらいい。
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畑仕事 苗を植える

2018/05/10 07:00
今回の東御は4月30日から5月8日までの9日間。殆ど畑仕事と庭いじりをしていた。

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畑の北の端に昨年の秋に植えたのは玉葱。今回は植えた苗の3分の1も育っていない。数えてみると30個。あっという間に食べてしまいそう。玉ねぎのなくなったマルチの穴が多数あるので、所々にサツマイモ苗のパープルスイートを植えた。紫のサツマイモをスーパーで買いたくても売っていないから、毎年植える。

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ネギは松本ねぎと、野菜として売っていた小ねぎ。その横が安納芋。乾燥芋にするのが楽しみ。炊飯器で蒸せると知ったのでちょっとハードルが下がっている。

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ジャガイモ3畝。キタアカリとインカのめざめ。

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トマトは各種。フルーツトマトオレンジレッド4本、イチゴみたいな形のベリーガーデン2本、チョコレート色のチョコちゃんとチアちゃん各1本、桃太郎ファイト4本、千果2本、中玉トマトレッドオーレ4本、地中海トマトピッコラルージュ2本、ミニトマトピンキー2本。

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ツルものは九重栗カボチャ2本、ヘチマみたいな甘龍2本、雪化粧カボチャ2本、紅子玉スイカ1本、大玉スイカ1本、プリンスメロン1本。
丸ナス1本、水ナス2本、シシトウ2本、黄色パプリカ1本、赤色パプリカ1本、ピーマンニューエース2本、バナナナンバン2本、ツルムラサキ2本。
食べ残しの里芋10個。

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イチゴはまだ花が咲いたところ。

豆類のインゲン、花豆、枝豆、落花生などの種まきはこれから。


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藤の花、アカシアの花

2018/05/09 07:00
東御に行った日には庭の藤はまだ蕾だった。

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2日後、満開になった。近づくと甘い香り。さらに3日ほど経つと花は盛りを過ぎた。

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次に満開のアカシアの花が目に付いた。ただし、我が家から200メートル降った千曲川沿い。八重原台地のアカシアが咲くのは、もう少し後になる。こちらも藤の花同様、というかそれ以上にマメ科独特の甘い香りがする。昨年はアカシアの花を天ぷらにした。今回は山菜の天ぷらをしたばかりだから、次回来て、八重原のアカシアがまだ咲いていたら天ぷらにしよう。
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ベニバナトチノキ

2018/05/08 07:00
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ベニバナトチノキの花が咲いた。

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今回は池の周りの草を刈り、木の剪定をし、池の中のセリだのガマを刈ってだいぶスッキリした。ただし池の中の植物を根絶やしにすると浄化能力が無くなり、池に住むカエルだのトンボの幼虫にも住処が無くなるので、適度に残す。

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池に繁茂する芹は今が食べどき。
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コシアブラとタラの芽

2018/05/07 22:23
連休中のあぐりの湯。大変な人だけれど、流石の大施設。ちゃんとカランは確保できた。そして、これからは毎年、連休には来ようと思った。というのも、直売所に山菜が各種、安く売られているのである。

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一番うれしかたのはコシアブラ。

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タラの芽。あと行者ニンニクを買う。

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こちらはいただいたタラの芽。トゲが生えているけれど、熱を加えると問題なし。

この日は、新潟県六日町に山菜ツアーに行った友人が持ってきてくれたコゴミ、トリノアシ、アケビの芽も加わって、山菜天ぷらをする。

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後でコシアブラご飯を作る。コシアブラと、タラの芽は茹でて各種おひたしにする。アケビの芽は庭にもあるのに気づいて、そちらは生卵とあえる。行者ニンニクは刻んで醤油漬け。

今回は山菜を自分では取りに行かず、それで満足。何しろ毎日畑。でももう少ししたらワラビを取りに行きたい。
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たらの芽とうど

2018/05/02 07:00
20日ぶりの東御。植物が大きく変化していた。7月、8月に3週間畑を放置しておくと、草の繁茂がものすごくて、炎天下に草刈り仕事が大変な負担。春は繁茂する勢いではなくて、芽を出し、花が咲き、実をつけ出すという一連の変化があっという間なのだ。そこで思い出すのは筑波の植物園の講師の先生の言葉。「植物の変化を見ようと思ったら春と秋が大切です」。そちらの講座では参加者がいくつか自分の枝を決めて一年間観察していく。そういう観察の仕方もあるのかと思った。ただなんとなく全体の変化を見るのではなく、一つの枝を1年を通して丁寧に見るのだ。思えば植物は冬の間エネルギーをためておいて、春になると子孫を残す展開を一斉に行う。秋にはそれが結実する。
思えば、この世の生物の営みは両性が出会って子孫を残すという、単純な仕組み。植物は春に両性が出会って、果実を宿し、夏の間育てて、秋に実らせる。鳥は春に出会って卵を産み、雛は実りの多い時期に育つ。

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20日前、「たらの芽」の芽は全くの冬芽だった。それが20日たったら、葉が伸びてほとんどの芽が食べる時期を逸していた。

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うども20日前は全然地上に姿を現していなかった。それがこんなに育ってしまった。1日に4〜5センチは伸びてるのじゃないか。勢いに恐れをなす。

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ハナの毛を梳く

2018/05/01 09:04
留守にする時から随分毛が抜けて居て気になっていた。4日ぶりに帰ってまずハナの毛を梳く。

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これは3ラウンド目。この時期、全部の毛が生え代わる勢いで毛がぬける。したがって外出するときはローラーで洋服や靴下についている毛を取る。それでも外出先で我が身を見ればあちこちに白い毛がついて居て、肩身が狭い。

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でもとにかく、ハナちゃん、生きててよかったと帰宅するたびに思う。
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柚子と蜜柑の花の香り

2018/04/30 07:00
朝、玄関を開けると花の香りが満ちていた。

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階段を降りて行くと、柚子の花が開いていた。昨日までは香りは無かった。その日が来ると突然開花して香るのだと思った。そして、こんな経験はこれが初めて。今まで気が付かずにいたのか、それとも柚子が香り立つほど花を付けるようになったのか。この柚子の木、未だ貧弱ながら植えてから30年は経つ。そして実を付けるようになったのはここ数年。

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隣を見たら蜜柑の花が柚子よりびっしり花を付けている。

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柿の花はまだ殆どが蕾。

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花梨は3センチほどの実になっている。

以上でさいたまの庭の、実の成る木は全て。

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ここのところ庭に出るたびに楽しみに見ているのはクリスマスローズの子供たち。植えた時には殆どが双葉だけだったのに本葉をつけている。


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「古式謡初式」 観世能楽堂

2018/04/29 07:00
ギンザシックスの観世能楽堂の開場一周年記念の「古式謡初式」を観に行く。上田公威先生が使番として名を連ねていらっしゃる関係である。

謡初は室町時代に始まった。

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観世文庫蔵の寛正五年糺河原勧進猿楽舞台図。

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寛正5年は1465年だから、応仁の乱の直前である。西軍の細川は西側の、東軍の山名は東側の席にいる。

江戸幕府は毎年、正月2日6時から2時間にわたって「古式謡初式」を行なっていた。この時500畳の大広間に将軍、御三家、御家門、譜代大名、3000石以上の旗本が一堂に会して、酒宴をはる。ここに外様大名は呼ばれない。将軍の飲んだ盃を全体に回していく間に謡初が行われる。

まず観世太夫が「四海波」を平伏のまま独吟する。現在の太夫は観世清和氏で、この日の衣装は二代将軍秀忠からの拝領とのこと。次に観世、宝生、金剛の三太夫により、それぞれ居囃子「老松」「東北」「高砂」が演奏される。

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三曲の演奏が終わると「時服拝領」となり、各太夫は時服を左肩に投げかけられる。これを着用しての三太夫による舞囃子「弓矢立会」となる。写真は観世家に伝わる「弓矢之立会図」。中央人物が観世太夫15世の觀世元彰。

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ぎょろ目の観世元彰は観世流中興の方のようで、今回はこちらの絵も展示されていた。

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今回は一周年記念ということで、和菓子をいただく。よく見ると右側の菓子の焼きは上の絵の観世元彰の衣装の紋と同じ矢車。

古式謡初式を見て、能が江戸幕府の式楽であり、能楽師は幕府お抱えだったという、その一端を垣間見た気がした。併せて幕府は外様抜きの譜代大名や、直参の旗本をこのような形で饗応し、結束を固める場を作っていたのかと思った。
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「三人吉三」 シネマ歌舞伎

2018/04/28 11:05
昨年からシネマ歌舞伎を上映する「月イチ歌舞伎」を見ている。今回は定例のではなく、シネリーブル池袋が企画して何本か上映しているうちの一作。和尚吉三が中村勘九郎。お嬢吉三が中村七之助。お坊吉三が尾上松也。

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渋谷のコクーン歌舞伎で上演したものを、串田和美が手を加えて2015年に公開したもの。したがって主役の3人は30代前半の、順に2歳違い。役者の円熟した演技がいいにしても、若い役者がやると華がある。勘九郎は父親の勘三郎を凌ぐ目力を感じる。七之助は女方として玉三郎を継ぐように思える。松也は東映時代劇だったらスターだろう。いずれにしても若い役者がこんな風に活躍しているのは嬉しい。

歌舞伎役者ではない和尚吉三の父親役の、笹野高史の演技が目についた。普段コミカルな役を見慣れた目には、あの演技と存在感は驚きだった。

「三人吉三」は幕末から明治に芝居の脚本を書いた河竹黙阿弥の作。お嬢吉三が最初の方で言う「月も朧に白魚の」から「こいつぁ春から縁起がいいわえ」に至る名台詞。五七調できっぷが良い。江戸っ子の芝居好きならスラスラ出てくると言うけれど、白魚の篝火だの節分だの多少学習しないと意味がわからない。とりあえず私、暇ありの日々になりつつあるので、この世界を広げるのは今後の楽しみ。それにしても洋の東西を代表するシェイクスピアにしても歌舞伎にしても、自らの語る言葉の貧弱なことを思い知った。
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蜷川幸雄 市川猿之助「じゃじゃ馬馴らし」

2018/04/27 18:23
蜷川幸雄の追悼企画ということで、さいたま芸術劇場で公演した作品を映画化したものを昨年から3作ずつそれぞれ1週間ほど公開している。今日は「じゃじゃ馬馴らし」を見る。オールメールキャストで出演者は全員男。でも実は最後の方までそれに気付かず、妹のビアンカ役の月川悠貴はずっと女優であると思っていた。最後の方でルーセンショー役の山本裕典をおぶって舞台を横切った時には、細い女性が無理していると違和感を持ち、最後の方で胸がさっぱり無いのでもしかして男ばかりだったかと気がついた。

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前半はペトルーチオ役の筧利夫の素早やい動きが面白かったものの、全体に出演者の台詞が早くて、なんとかついていった感じ。キャタリーナ役の市川猿之助の存在感もあまりなかった。

それが夫となったペトルーチオがキャタリーナにじゃじゃ馬馴らしを始めたら急に面白くなった。猿之助の演技と存在感に圧倒された。カーテンコールの姿がまた実に魅力的な女性に成り切っていて、他の人はもう猿之助の引き立て役に過ぎなくなっていた。これが上演されたのは2010年のことだから、猿之助はまだ亀治郎だったし、若かった。でも、すでにあんな存在感があったわけだ。

このシリーズ、昨年は猿之助がシャイロック役を演じた「ヴェニスの商人」を見た。その時の猿之助の演技は年老いて、醜い憎まれ役を、これでもかというほど憎々しく演じるのを楽しんでいるように見えた。

今年は「新毒丸」も公開していて、天才美少年だった藤原竜也の姿を見たかったものの都合がつかなかった。
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あなごのねどこ

2018/04/26 09:36
尾道本通り商店街はアーケードが1キロちょっと続く。
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昔からの商店街のようで古くからの店を覗ける。そんな通りに若い人が古い建物を工夫して展開している店もあって興味深い。ゲストハウス「あなごのねどこ」の表示のある店。

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手前部分はカフェになっている。

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ここでランチにする。

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素朴な料理。お盆と食器がアルミで学校給食を思い出す。

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横幅1.5間ぐらい。奥に長い。出ると左側は3尺ぐらいの長い通路が奥のゲストハウスにつながっている。中が一体どうなっているのか興味が湧いた。次に尾道に来たらここに宿泊するのも良さそう。若者ばかりかもしれないけれど。

こちらを展開している人たちは古い家を再生するプロジェクトをやっているようで、そういうの是非応援したい。
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尾道の猫

2018/04/25 07:00
尾道には猫に何度も会った。交通量の多い道路ではなく、車が通れない細い坂道に居る。

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朝、千光寺山荘を出ると早速猫に会った。駐車場の人物に寄り添っている。

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ここに仕事に通っている人物が言うには、猫がいつも迎えに来ているという。ご主人ではないようだけれど、抱かれて嬉しそう。首の周りのフリルに飼い主の愛情が表現されている。今度うちのハナにも可愛らしい首輪を作ってあげよう。

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トカゲを口にくわえた猫が頼山陽の銅像の裏に回って行った。

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私も横に回ってみる。トカゲを夢中で食べている様子。

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あと一匹見つけた。
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千光寺山荘

2018/04/25 06:00
しまなみ海道の最後に尾道水道をフェリーで渡り、自転車をサイクリングターミナルに返すことになる。

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フェリー乗り場は4つある。自転車持参だと110円。尾道市街後方の山が見える。宿は千光寺近くの山の上だから、自転車を返した後、宿の千光寺山荘を目指して急坂を登る。

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尾道城に出る。急な石垣。

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宿からは尾道水道がよく見える。

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自転車専用道路を持つ新尾道大橋も見える。ただし、こちらは通らず、近道のフェリー使用で尾道に入ってきている。

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瀬戸田 生口島

2018/04/24 17:33
今の生口島は尾道市に含まれるけれど、主要部分は瀬戸田町である。

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国産レモン発祥の地である。あちこちでレモンがなっていたし、八百屋にはレモンがとっても安く売られていた。最後に尾道に行ったら買おうと思っていたら、そちらではもう高くなっていた。「瀬戸田のレモン」として表示してあったから、瀬戸田というのはブランドらしい。

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瀬戸田で泊まったのは住之江旅館。

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中庭が古いガラス戸越しに見える。100年の歴史がある館内は趣きがある。

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反対側に回ると古い門がある。

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付近を歩くと古いまちなみがある。この小さな入り口は時代劇に出て来そう。小さい方が安全だったのか。この辺り、かつては船の出入りと製塩で賑わっていたという。
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耕三寺 千仏洞地獄峡と未来心の丘

2018/04/24 17:04
耕三寺の境内には先にアップした境内の下に千仏洞地獄峡という地下部分がある。

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入り口を見ただけでは地下にこのような長い洞窟があるとは想像出来ない。ところが地下には長く続く洞窟がある。

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千仏洞というだけあって、沢山の石仏が置かれている。

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洞窟は富士山の溶岩と浅間山の焼け石で覆われているそう。六道、特に地獄を描いた絵も目につく。この洞窟はあの世をわかりやすく示したものだろう。

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耕三氏は茶人でもあったそうで、利休とともにご自身を祀ったお堂もある。

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境内を登ると「未来心の丘」に出る。こちらは丘の上に白大理石で作った施設。地中海のイメージである。この部分は耕三氏亡き後の展開と思われる。

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丘の上から伯方島の景色がひろがる。

最後に耕三寺博物館を見学する。近世屏風絵展が開催されていた。

耕三寺、初めて名前を聞いた時には、「有名な寺社を模したものを集めたとは!なんていうこと」だった。でもここまでやるとなると、やっぱりすごい。

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耕三寺

2018/04/22 22:14
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伯方島で一番人が訪れるのは耕三寺だろう。隣にはこの島出身の画家、平山郁夫の美術館も有る。そちらは薬師寺でシルクロードの絵を見ているので、今回はよしとする。耕三寺は大阪で活躍した実業家の金本耕三が故郷のこの地にいた母を弔う為に建てた浄土真宗本願寺派の寺院である。耕三は1935年(昭和10年)に出家し、同年から30年かけて各地の有名寺社を模した建物を建て、耕三寺を完成した。耕三寺は入り口からして色彩豊か。

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入り口を入って最初にあるのは、室生寺の三重の塔。あちらは桧皮葺きであるのに対してこちらは瓦葺きのよう。塗りもあちらはすっかり無くなっているのに、こちらは色彩豊か。全く同じものを再現しようとしたのではなく、アレンジしている。それはこちらのどの建物もそうで、耕三流解釈とアレンジにより展開している。

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三重の塔の両側には法界寺の金堂がある。

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日光東照宮の陽明門は孝養門と名付けられている。

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孝養門の左右には金剛力士ではなく観音様。左側は如意輪観音。

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こちらは右側の観音様。

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柱は耕三寺独特。

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細部まで装飾がなされている。

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本堂は平等院鳳凰堂を模している。

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元のと違って、こちらは二階建て。

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鳳凰が沢山いる。

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法隆寺の夢殿は半分木に隠れている。

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夢殿の救世観音は外にいらっしゃる。高さ10メートル。

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石山寺の多宝塔。








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大山祇神社

2018/04/21 07:00
しまなみ海道で1番由緒があるのは大山祇神社であると認識して居た。静岡県三島市の三島大社とともに三島神社の総本山で古くから武士の尊崇を集めてきた。全国から奉納された武具甲冑を所有し、日本にある国宝、重要文化財の4割があるという。

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大山祇神社は大三島の西にあるので、東側にあるしまなみ海道から逸れて、往復13キロの峠超えをしなければならない。

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能因法師「雨乞いの楠」、樹齢3000年とある。

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境内では大変な存在感のある楠が目につく。大三島に祖神である大山積大神を祀ったおちの命の御手植えの楠は樹齢2700年で、御神木。境内には「大山祇神社のクスノキ」として38本の国の天然記念物の楠がある。

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拝殿から参拝した後、紫陽殿と国宝館で武具刀剣類を見る。中でも目をひいたのは源頼朝、源義経が奉納した甲冑で、それぞれ国宝になっている。

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源頼朝が奉納した鎧。

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源義経が奉納した鎧。
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