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マルハナバチのつぶやき

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マルハナバチのつぶやき
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信州の週末田舎暮らし、植物、昆虫、旅行、山歩き、自転車旅の記録です。そして歴史歩きも。
Bumblebees' Garden in English
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日本船燈のランプストーブ

2017/06/25 09:44
先日、天川の宿で目にして気に入った日本船燈のストーブがやってきた。

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船の燈として作られて、今も全ての部品がそろうという。電気もICチップも使わない、単純な出来。
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湯浅の古い街並み

2017/06/25 07:30
湯浅の古い街並みを歩く。
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角長さんは今も続く醤油屋。

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びっくりするような昔のたたづまい。ずっと残っていてほしい。

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細い道に沿った街並みが、そっくり残っている。後で思うにこの佇まいは、今まで見た中でも特に印象的。

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お風呂屋さんの住まい。

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軒下にツバメの雛が4羽。

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おとなしく座っていたのが、一斉に急に立ち上がり口を大きく開いた。親鳥が餌を持って近づいて来たのだ。
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醤油発祥の地 湯浅

2017/06/25 07:00
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和歌山市の南に湯浅がある。最近、醤油発祥の地として日本遺産になった。湯浅醤油に行って、工程をガイドしていただく。醤油は蒸した米、小麦に酵母菌を入れてまず麹をおこす。そこに塩とゆでた大豆を加えて6ヶ月から1年半程、時々かき混ぜて、ねかしておく。ここで出来たものをもろみという。

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もろみを圧搾機をかけてしぼる。

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このあと、発酵がこれ以上進まないように火入れをする。

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出来たお醤油を瓶に詰めて完成。

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帰り際に金山味噌を買った。金山味噌は細かく刻んだ野菜を漬け込んだ味噌で、ご飯が進みそうな味。そもそも湯浅の味噌は銀座寺味噌から出る溜まりから作られたものだった、

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果無集落

2017/06/24 07:19
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世界遺産の碑の横を下って行くと果無の集落。

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巡礼者はこの縁側で、しばし休憩しただろう。

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水場にあるのはササユリだろうか。

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田んぼもある。

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水場には巨大な鯉がいる。

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道の下にはお茶の木が植わっている。ちょっと歩くとワラビも出ている。作物も少しずつ色々なのが植わっている。自給自足の伝統が今も生きている風に見える。

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花も色々咲いている。天空にある美しい集落だ。

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畑の縁は石積み。先祖が営々と築いて来たのだろう。

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石の階段。
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果無(はてなし)集落 小辺路

2017/06/23 14:02
 谷瀬の吊橋を離れてなおも十津川沿いに行く。熊野の深い森を大きく蛇行しながら流れていく。その丸く突き出たところに「昴の郷」という名の広場がある。そばに「ホテル昴」がある。第三セクターなのだろうか、このあたり新しく整備されたようで、センスもいい。
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 ホテル昴の売店には果無集落の写真が展示してあった。熊野古道・小辺路にある天空の集落としてテレビで紹介していた。その時に一度は行ってみたいと思った。聞けば、ここから車で10分ほどで行けるという。ただし道は細いとのこと。

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昴の郷から細い道をのぼっていく。ずっと十津川沿いの谷間を来て、ここに来て初めて山の上から下を見た。大変に急な山並みが続いている。

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車を置いて果無峠の方向に向かってみる。

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高野山と熊野を結ぶ小辺路の石畳の道だ。

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化政年間の碑が建っている。側に観音様の石碑もある。果無集落を超えて、ここから山道に入る場所がここなのだろう。この後は戻って果無集落に入った。
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谷瀬の吊り橋

2017/06/22 07:10
天川村から和歌山に出るのに新宮に出てから、田辺をまわって行くことになった。いつも運転を引き受けてくれる同行者が、長い道のりを億劫がらない。

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 谷瀬(たにぜ)の吊橋に出た。長さ297m、高さ54m。生活用の鉄線の歩行者用吊橋としては日本1と書いてある。歩行者専用の最長の吊橋は最近できた三島スカイウオーク400mということだ。ただし、そちらは千なにがしかの通行料がかかるのに対して、こちらはただである。
 
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 歩き始めてみると、真ん中に縦に渡してある木が心もとない。薄くて割れそうな気になる。下に鉄線でも入っていて強化されているのならいいけれど、そんな風にも見えない。つまり怖い。あちら側までの300m近くは、結構長い。

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 下を覗くのもやっとの思い。しかしこのあたり堆積が進んでいる。

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 やっと渡りきると、向こう側には南朝側の大塔の宮の黒木御所跡があった。

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 もとに戻るために、もう一度歩き出す。帰りは最初ほどは怖くなくなる。
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天川村の宿

2017/06/21 07:00
  八経ヶ岳に登って行者還トンネル西に戻ると、ちょうど5分前に着いていたという同行者運転の車が待っていた。このあたり、スマホが全く通じないから、うまく会えてよかった。

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 宿は天川村の「せせらぎの宿 弥山館」。通りから見ると平屋だけれど、川の方から見ると四階建て。吉野造りというらしい。

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  渓谷に沿って細長い作りで、目の前に向こう側の木々の緑が広がる。もみじや桜の木も見えるから、春のさくらも、秋の紅葉も見事だろう。窓の外にはヤマガラ用の餌台がある。翌朝、野鳥がいるとの声に急いで行って見たら、それはカワラヒワですと宿の主人に言われた。左にある丈の高い白いレースのような花は、ニンジンの花との説明を受けた。

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 ミシェランのガイドブックに載りましたとの表示がある。こちらは温泉ではないけれど、渓谷を見ながら今風のバスタブに浸かれる。今は四代目のご当主。我々の部屋は新館で、食事処の建物は古くて雰囲気がある。しし鍋、アマゴにヤマメ、そして三代目の奥さんだろうか京都から嫁入りし方の影響か、京風な繊細な料理が出た。

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 天川村に関する本がある。

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 このストーブ、夜は温かいうえに明るかった。レトロなのもいい。かねてから我が家に震災用の石油ストーブを買おうと思っていたからプレートを読んでみた。日本船燈株式会社(ニッセン)の「しん式自然対流形」のストーブで04年製とある。早速アマゾンで調べてみた。ロングセラーの製品で、今も部品が手に入る。早速注文した。船燈は昔、船の明かりとして使われていたらしい。


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大峰山系 八経ヶ岳

2017/06/20 23:23
 車を行者還トンネルの西に降ろしてもらって歩き始める。ここまで来る間にみたらい渓谷があり、山間の細い道が続く。

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 歩き始めて間もなく三角の橋を渡る。こんな形は初めて。力学的に三角部分があることによって橋の強度は高くなるのだろうか。しばし考えるもわからず。最初は急な登りで、しばらく行くと大峯奥駆道と出会い、そこからは割と広くて明るい登山道になる。

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  弥山の頂上が近づくにつれて苔が深くなった。

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 弥山には天川弁財天の奥宮がある。そして立派な山小屋もある。  

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 祠の前には新しい札が納めてあった。

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 山上が岳方面の展望台に向かう。このあたり広々としているけれど、展望所は大変に切り立っている。ちょうど霧が濃くなって、向こうの山は見えない。 

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 八経ヶ岳に向かう。向こうのとがった山である。  

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 八経ヶ岳山頂(1895m)にはお札が沢山奉納されていた。これで97座登頂。


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八経ヶ岳 白い花

2017/06/19 19:25
 6月11日八経ヶ岳。この時期に目につくのはほとんど白い花。

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  たぶんこれはニョイスミレ。

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 ムスカリ。

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 シロヤシオは花盛り。

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 ヒカゲノカズラはシダ類。胞子嚢穂を出している。

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 マムシグサ。

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 バイケイソウの群落はあちこちにある。でも花の時期はこれから。

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 八経ヶ岳の山頂直下にオオヤマレンゲの群落がある。つぼみが膨らんできているから、あと1週間か10日で花が咲きそう。

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 サラサドウダンツツジ。

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枇杷の実

2017/06/14 11:38
この時期、実生で育ったらしい枇杷の木に実が付いているのを、あちこちで見かける。

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そんな木になった枇杷の実を今年もいただいた。思う存分食べても、食べきれない。

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皮をむいてグラニュー糖をまぶす。種も取りたいところだけれど省略。火に通してコンポートにした。

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枇杷の種は鳥が運ぶのだろう、昔から人々に馴染んでいたのだろう。実生の果物は原種の特徴が出てしまい、実が小さかったり、酸っぱかったりするのに、琵琶は実生でも、十分美味しい。虫にも強そうで、手間がかからない。楽器の琵琶も、湖の琵琶湖も枇杷の実の形から来ているのだから、 実の形は誰でも知っていたにちがいない。

枇杷の枝には産毛みたいのがはえている。

あと枇杷の葉というと枇杷茶まある。そして2月ごろに取った枇杷の葉で染めた草木染めの色がいい。桜染めに似たサーモンピンクに、少し紅の入った色が出る。

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小便小僧

2017/06/09 21:49
浜松町駅の下りホームの一番南に小便小僧の像が立っている。

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ホームの南のはずれだし、いつも使うのは北口改札である。滅多に浜松町から先には行かない。それで最近までここに小便小僧がいることを思い出さなかった。でも今日は駅で時間があったので近寄って見た。レインコートを着て、傘を持っている。それで今は6月で、間も無く梅雨に入るのに気がついた。ウーン、でも後4日ほどは梅雨入りしないでほしい。
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草原の河

2017/06/09 07:22
かつてネパールをウロウロした頃、本当のところ憧れていたのはチベットだった。でも当時の中国は文革の嵐がまだ生々しく、日中の国交も回復したばかり。チベットに行くのは不可能だった。ダライラマがチベットを脱出して60年近く経った現在、チベットはどうなっているのだろうという思いがある。最近気になるのはここに来て、焼身自殺による抗議があとを絶たないことだ。

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チベット人監督ソンタルジャの「草原の河」を観に岩波ホールに行く。夏のテントを草原に張って、羊を飼う両親と小さな娘の生活を追うゆっくりした映画だ。

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印象的なのは娘を演じた撮影当時6歳だったヤンチェン・ラモ。まだ母親のおっぱいを求めることのある彼女は母親に赤ん坊ができると聞いて、赤ん坊を授けるという天珠を埋めてしまう。それを知らない父親はある男のせいにして、喧嘩して帰ってくる。

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不仲だった父親を受け入れて、でも娘を中に入れてぎこちない関係のままオートバイに2人を乗せた姿で終わる。全編チベットの荒野を見ることができるのもいい。
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梅干し漬けた

2017/06/08 10:35
梅は10年以上前に植えた木に沢山なるべきなのに木に元気がなくて、ちょっとしか採れない。比較的実をつけるのは小梅の方。それにしても、ここ数年4キロしか採れないのは情けない。

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一晩水に浸けてへたを取り、焼酎少量に10パーセントの塩で漬ける。

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赤紫蘇は八百屋から手に入れて、塩もみして上にのせる。梅干し作りだけは30年以上続けている。知人の梅がよくなった頃は、40キロもつけていた。その梅が切られてからも、6月になると梅を買って来て毎年漬けて来た。今年はもう、収穫した梅だけにするつもり。土用を越したら干すべきところ、8月はほとんど留守にしそうだから。いつかみたいに10月に梅干しを干すというのははばかられる。
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さくらんぼ 山椒

2017/06/05 13:18
6月はさくらんぼと山椒の収穫が楽しみ。どちらも収穫の時が短いから、時期を外したくないと日程とにらめっこする。あちらに滞在する家人からは今その時期だと報告が来た。そうにしても、この後2週間ぐらいは行けないから、収穫してきてもらった。

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さくらんぼは小ぶりだけれど、甘い。随分前に、息子と安行に行った時に、彼が選んだ記念の木が、今は大きくなって、その子供の木まで実をならすようになった。

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山椒の実は、まだちょっと小さい。でも遅れて硬くなるよりはずっといい。築地にちりめんじゃこを買いに行く年もあるけれど、今回はふるさと納税でちりめんが来ることになっている。

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梅もちょっと収穫。
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戦国の合戦と武将の絵辞典

2017/06/04 16:04
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近くの本屋を覗いたら「戦国の合戦と武将の絵辞典」が沢山平積みになっていた。パラパラめくると、先日ゲットした連獅子のフィギュアみたいな可愛らしいイラストがふんだんにある。あと気に入ったのが、合戦の武器・防具・道具や、合戦の流れなど兼ねてから知りたかったことが、わかりやすく解説してあること。戦国時代というと人物の動きや舞台になった場所、そして城郭に関する本はたくさんあるものの、具体的なことをわかりやすく書いた本は少ないのである。

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中でも疑問に思ってきたことは、軍の編成。騎馬と足軽のあり方、戦い方、首の取り方と扱い方などがわからない。この行軍の絵を見て、これだと思った。行軍の様子を詳細に描いた絵はよく目にするものの、こんなふうに、書き下したのが欲しかった。

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騎馬兵には口取り、槍持、従者、荷物持ちが付いていた。

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首実検にも作法があり、儀式のよう。

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戦国武将はけっこう小さかった。

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でも、大きい人もいた。

この本の監修者は小和田哲男氏。著者の上に名前がある。この方の名前を見ると本への信頼感が高まるのは否めない。




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連獅子

2017/06/03 08:28
先日歌舞伎座に行った時に、少し先に東劇の「月一歌舞伎」の看板が目に付いた。歌舞伎座では演目を全部観るのに5時間ぐらいかかるし、席を取ったり大変だけれど、こちらなら都合のいい時に行って2時間で足りる。しかも今回の「連獅子」は山田洋次監督作品である。仏像を土門拳の写真を通して鑑賞するように、より深く理解できる気がする。

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2時間のうち最初が「らくだ」。長屋の嫌われものだったらくだが死んで、誰も葬式を出すものいない中で義侠心を起こして葬いをだそうとする男に坂東三津五郎。男前だし、恰好いい。そこに通り掛かった屑屋が中村勘三郎。気弱な男を演じてうまい。そして最後に酔っ払って態度が大きくなるところなど、さすがである。お二人が相次いで亡くなられてしまったのは惜しまれる。

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第2幕は葬いの酒を出し渋った大家のところに、死んだらくだを踊らせる場面。死んだらくだを演じている役者がまたうまいし、動きがおもしろい。第三幕は酒をせしめて飲みだしてみれば、三津五郎と酔って態度の大きくなった勘三郎の立場が逆転してしまうところが見所。


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後半は勘三郎父子3人による「連獅子」。何と言っても最後の毛振りの場面が圧巻だった。

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帰りにフィギュアの付いたボールペンをゲット。
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玉ノ井部屋 千秋楽

2017/05/31 06:53
相撲ファンの方に誘われて玉ノ井部屋の千秋楽後援会の集まりに参加した。

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足立区にある相撲部屋は大きくて、立派な構え。

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稽古部屋も、とても広い。

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現在の親方は2代目でもと大関栃東、まだ40歳。こちらの相撲部屋には弟子が40人もいらっしゃる。大広間に集まった参加者も100人をはるかに超える。

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この日は部屋に10年いて、引退する力士の断髪式があった。参加者の多くが断髪を行い労をねぎらっていた。

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同部屋の力士たちによる断髪が終わって、本人の兄、両親、そして最後は親方が髷を切って終了。新しい出発をこんなに多くの人が関わる!
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愛宕神社 出世の石段

2017/05/30 23:04
夏の山のことを考えると、トレーニングしなければと思う。せめて駅の階段は自力で登るようにしている。以前使っていた後楽園駅は南北線がとても深いところにあったから、トレーニングになった。ところが浜松町駅ではたいして階段を使わない。それじゃ愛宕神社の石段を往復するのはどうかと思って行ってみた。

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愛宕山はかつては江戸湾はもちろん、江戸の町を見晴るかす眺望の良い場所だった。今も東京都23区で1番標高が高い。

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愛宕山の標高は25.7メートルある。それで4往復して、100メートル登ったつもりになっていた。でもこの石段の標高差は20メートルだった。今度行ったら、少なくとも5往復はしよう。

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メインの「出世の石段」が一気にのぼる男坂に対して、こちらは女坂にあたるのだろう。すぐ横に付いているので、適当に組み合わせて使うと良さそう。
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赤ちゃんと一緒

2017/05/29 07:28
久しぶりに我が家に赤ちゃんが訪れた。

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赤ちゃんは3ヶ月で、ハナは19歳。
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ハナの毛が抜ける

2017/05/29 06:09
このごろ早くから明るくなるせいか、早朝からハナがそばにいて人のことを起こしにかかる。

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おととい3日留守にした後、ハナに触ったらふわっと毛がついた。ブラシで梳いたら大変な量。今が毛の抜けるピークな感じ。今日は赤ちゃんが来るけれど、猫アレルギーでないかが心配。これからハナにブラシをかけて、家の中に掃除機を丁寧にかけないと。

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体制を変えて、あっちを向いて寝ているものの、聞き耳は立てている。
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アカシアの花 天ぷらに

2017/05/28 08:04
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千曲川の向こうを見渡すと新緑の中に白っぽい木々が目立つ。

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 近づいてみれば、アカシアの木だった。

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 マメ科の花だから房になって咲いている。藤の花を白くして小ぶりにした感じ。

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 近づくと甘い香りがする。この花を少し手折って部屋に置くと、甘い香りが部屋中に満ちた。夕食にいくつか天ぷらにしてみた。

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本居宣長旧居 鈴屋

2017/05/27 07:47
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 本居宣長記念館の裏手のお城の敷地に、宣長の旧居が移築されている。

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 こちらが玄関に接する部屋。ここで宣長は医者を開業していた。当時は患者が来るというよりも、医者の方から患者のところに通うことが多かったらしい。

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 後に二階部分を改造して作った書斎が鈴屋(すずのや)。大きさは四畳半。宣長は鈴が好きでコレクションをしていた。弟子は通算して500人。

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 ちょっと離れたところから見ると、右手は塀になっている。伊勢街道に面して隣家と接していたのだろう。

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 松阪の城は蒲生氏郷が築いた。氏郷は伊勢街道を整え、商業を盛んにし、後の松阪の繁栄のもとを築いた。

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 城の下に御城番屋敷と呼ばれる武家屋敷の雰囲気を残した一角がある。今は長屋風の貸家になっている。
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本居宣長記念館

2017/05/26 08:34
本居宣長は日本史教科書に出てくる。伊勢松坂の江戸時代の国学者で「古事記伝」を書いた。「からごころ」を排して「やまとごころ」を大切にすべきと言った。源氏物語から「もののあわれ」を読み取った。そのあたりが一応記憶にとどめておくべきことであった。
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 小林秀雄は晩年「本居宣長」を書いている。私の大学受験のころは小林秀雄は難解な文章としてよく入試問題になった。予備校の教師であった中西進先生などうっとりと解説なさり、私も中原中也などとともに読んでいたわけだ。
その小林秀雄が「本居宣長」を書いたのだから、だいぶ前に読んでみた。最初に本居宣長が自分の葬式をどのように出してほしいか詳細に書き記したことが書いてある。宣長という人の生きる姿勢が伝わってきて実に印象深かった。ただしそこまでで本を置いた。当時の私のレベルはそこまでだった。小林秀雄は鎌倉の自宅に桜を植えていた。本居宣長は大の桜好きで、お墓には桜を植えるよう言い残していたのだ。これは宣長が自分の墓はこのようにしてほしいとして描いた絵。墓石の後ろに小山があり、桜が植えてある。

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 本居宣長の持っていた「古事記」。いろいろ書き込んでいる。
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  本居宣長は古事記を読むにあたってまず万葉集の勉強をした。これは「松坂の夜」で出会った賀茂真淵と交わした手紙。通信教育のように、宣長の文章や和歌に、真淵が朱で書き込みをしている。

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 宣長の記した「古事記伝」。実に丁寧できちんとした文字で綴られている。それまで読まれることのなかった古事記は本居宣長によって読解されたのである。一字一句づつ丁寧に解釈して、完成までに35年を費やした。

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 出雲大社の金輪造営指図の宇豆柱の記述に気づいたのも宣長だった。

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 宣長は17歳の時に日本地図を作成している。松阪は伊勢街道に面していたから諸国からの往来があったのだろう。いろいろな地図を参照して描いただろう地図には、中山道のなじみの宿場町を探してみるときちんと名前が入っている。彼は少年のころから粘り強くて、正確に物事をこなしていたようだ。
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歌舞伎座

2017/05/25 08:04
隈研吾設計の新歌舞伎座になってから初めて歌舞伎座に行った。團菊祭五月大歌舞伎。

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今回は海老蔵の「義経千本桜 吉野山」の佐藤忠信にほれぼれとした。菊五郎主演の「魚屋惣五郎」には孫で寺嶋しのぶさんのお子さん寺嶋眞秀君4歳の初お目見えがあった。そのせいだろうか帰り際に出口で、富司純子さんのお姿があった。
6月は猿之助、また来たい!
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千葉県柏で見る「ニーゼと光のアトリエ」

2017/05/24 08:00
昨日から仕事の資料作りに乗り出し、今日も頑張るぞと思っていたら友人から電話があった。今日、時間があるから柏の映画館で「ニーゼ」を見ようという。行きたい気もしたけれど、「今日は忙しい」と電話を切った。家人がそれを聞いていて、誘われたものを断るなんてとんでもない、もう誘われなくなると言う。私も実は行きたかったから資料作りは後にして出かけた。柏駅西口1分の柏シネマ旬報などという、行ったこともない映画館だ。

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 映画館は古くて、結構大きい。しかもシネマコンプレックスになっている。映画がまだ元気だったころの雰囲気がある。ブラジル映画「ニーゼの光のアトリエ」。渋谷のユーロスペースで上映した後は、探さないと上映館が見つからない。映画はロボトミーや電気ショックが多用されていた1940年代の精神病院で、患者が本来持っているものを引き出そうとする精神科の女医の実話に基づいている。患者は絵を描いたり、犬と触れ合ったりしながら自分を取り戻していく。

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 精神科でカウンセラーをしていた友人は、ロボトミーも電気ショックも今も行われていると言う。

 映画が終わって、これまたレトロなカフエでお茶とケーキ。つまりあの界隈は古い雰囲気。帰りに寄ってスカーフを買った店の女性に言わせると、柏は千葉の渋谷と言われていたという。なるほど、我が家から渋谷に行くのと同じぐらいの時間でこちらにも来れるから、今度また気に入ったマイナーな映画がかかったら柏に来よう。
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伊勢神宮 内宮(皇大神宮)

2017/05/23 08:00
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 外宮に参拝し、おかげ横丁で赤福を食べてから内宮の参拝に向かう。五十鈴川にかかる宇治橋を渡る。この手前の鳥居の材は式年遷宮の後で、外宮正殿の棟持柱として使っていたものを使用し、向こう側の鳥居は内宮正殿の棟持柱を使っているという。ここで20年間使用した後は、さらに東海道の渡しのある桑名の鳥居、そして関町の鳥居として20年間使用されるという。

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 宇治橋を渡って右手に進み五十鈴川御手洗場に出る。

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 こちらが内宮(皇大神宮)の正殿。古殿地が奥にあるようだけれど、奥の階段を登ったところなので望めない。正殿の建物も外からはよく見えない。内宮の宮の鰹木は偶数だそうでこちらは10本、千木は横に切ってある。

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 荒祭宮(あらまつりのみや)に回る。天照大神の荒御魂(あらみたま)を祀る別宮である。
 
 伊勢神宮の内宮も外宮もとてもすっきりした境内である。説明板が少なく、何のご利益という売りもない。さすがに伊勢神宮である。西洋の寺院のような壮麗さに価値を置くのでなく、あくまでも自然の中に神聖なたたずまいを見せている。それは外国人にはなかなか理解できないだろう。そう思って振り返ってみると、外国人の数は少ない。
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おかげ横丁 赤福

2017/05/22 08:40
 大の甘党だから赤福はとても好き。京都に行くとお土産に、新幹線に乗る前の京都駅で買って帰る。
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 今回は伊勢まいりに行ったので、本宮にお参りする前に、本店で五十鈴川を眺めながら、赤福をいただく。
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 赤福本店はおかげ横丁の入り口にある。

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 五十鈴川の橋の上からさっき赤福を食べたあたりを眺める。

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 五十鈴川をはさんで見ると、店の後ろには大きなお屋敷が続いている。

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 伊勢内宮の門前町がおはらい町。中でも古い建物を移築・復元して造られた部分ががおかげ横丁。

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 太鼓楼を通りかかると、ちょうど神恩太鼓の演奏時間だった。力強い演奏で、打ち手の大変な集中力が伝わってきた。
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伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)

2017/05/22 08:00
伊勢神宮は外宮から参拝することになっているので、まずは外宮へ。
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 外宮は正式には豊受大神宮といい、ご祭神は天照大神の御饌(みけ)を用意する食物の神様である豊受大神。 表参道から入っていく。

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 塀の内側が豊受大神の正宮(しょうぐう)。

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 鳥居の奥の拝殿には白い布がかかってる。ここからわずかに正殿が見える。

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 正殿は横からわずかに見ることができる。千木は垂直に切られている。外宮の社殿の鰹木は奇数で、正殿の鰹木は9本ということだった。

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 正宮の手前の敷地。こちらが古殿地で、今回の式年遷宮の前はこちらに正宮があった。敷地をかわるがわる使うわけだ。

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 正宮を降りて、多賀宮(たかのみや)に向かう手前に小さな流れがある。亀石と呼ばれる亀の形をした大きなひらたい石が橋の役目をしている。その前にあるのが「三つ石」。正式名を「河原祓所」といい、式年遷宮の時にはここで儀式が行われる。パワースポットとして有名なよう。ただし何の説明板もない。そのあたり、外宮全体に言えるのだけれど、すっきりしていてとてもいい。

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 亀石をわたり階段を上って多賀宮へ。

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 多賀宮は豊受大神の荒魂(あらみたま)をお祭りする別宮。横に古殿地があるので、こちらも式年遷宮で建て替えられる宮であることがわかる。建て替えられる宮は14あるとのこと。

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 外宮の最後に「せんぐう館」に入る。2013年の第63回遷宮を記念して作られた施設で、内容がすばらしかった。シアターの映像をすべて見てから展示品を見る。地下に外宮正殿の妻部分の4分の一が原寸大で作られており、詳細に見学することができた。
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蘇民将来子孫門

2017/05/21 12:16
 伊勢地方を歩いていたら、この季節、5月でも玄関の上にお正月のしめ縄を飾った家が目に付いた。松阪の本居宣長旧居の入り口にもあった。

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 よく見ると真ん中に蘇民将来子孫門の板札がある。それで思い出すのは信濃国分寺八日堂で1月7日から8日に行われる縁日で売られている蘇民将来符。蘇民将来についてはいろいろな解釈があるものの、実はスサノオノミコトの借りの姿である人物に一夜を提供し、その恩が子々孫々まで報われると言われた人物のよう。だから蘇民将来子孫との表示をしておけば無病息災、家内安全につながる。全国に蘇民将来信仰があり、京都の祇園祭では各山鉾で「蘇民将来子孫也」と記した粽が(ちまき)が授与される。

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 伊勢では「蘇民将来子孫門」の表示をする。

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 小さいタイプもある。
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GINZA SIX

2017/05/20 16:55
仕事の帰りに新橋で降りてGINZA SIXを覗く。大きな蔦屋がある。今度また寄りたい。

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目を惹くのは天井からぶら下がっている草間彌生の水玉カボチャ。

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屋上庭園。向こうの方では水をはった上を子供たちが遊んでいる。

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若い人に連れられて、銀座の歩行者天国を歩いて京橋まで歩く。プラダだの何だのと今風のビルを、おのぼりさんよろしく感心しながら見上げる。だいぶ歩いて最後に連れていかれたのが京橋エドグラン。やっと夕食。
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お茶の木

2017/05/17 07:05
かぬてから自分でお茶を栽培して手揉み茶を作りたいと思っていた。自分で作ったらさぞかし香りがいいだろう。折しも新茶の時期。お茶の木で垣根なんかを作っておき、この時期に茶摘みをしたい。

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一昨年、早稲田大学の大隈庭園にあったお茶の木から実をいただいてきた。種から育てたお茶の木の子供達。大切にしているのに育ちの悪い方から枯れて半分ほどになった。もうプランターの中が条件が合わないのかもしれない。東御に持って行って育てたいけれど、寒さで全部やられたら、それもショック。友人が目も開かない子猫を育てたけれど、種から育てるのはそんな気分。
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柚子の花

2017/05/16 07:20
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柚子の花がたくさん付いている。植えてから20年以上も実をつけなかったものが、ここに来て付けるようになった。でも昨年たくさん実を付けたみかんの花は咲いていないから、柚子もこの後毎年実を付けると考えていると、期待はずれになるのだろう。今年は柚子ジャム、柚子茶のほかに柚子胡椒を作るつもりなので、「柚子のバカ」などとは言わないで、宜しくの気分。

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下を見ると、前の日種を蒔いた土の上に花びらが落ちている。トマト、ツルムラサキ、マリーゴールド、ナスタチューム、西洋パセリにパクチー。

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シランが花盛りなので摘んでくる。
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伊勢神宮献上の熨斗鮑(のしあわび)

2017/05/15 07:00
 相差町から海岸線にそって少し北上して国崎(くざき)に行く。かつて倭姫が天照大神鎮座の地を探していた時に、この地で海女から鮑を献上され、それがきわめて美味だったことから、毎年伊勢神宮へ鮑を献上するようになったという。

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 熨斗鮑として献上される鮑をとるために伊勢志摩の海女たちが毎年「前の浜」に集まる。(鳥羽市HP)

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 「前の浜」の横にはこんな部分がある。とった鰒をここにためておくんだろうか。

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 前の浜の横にある鎧崎灯台に向かってちょっと登ると伊勢神宮御料鰒調整所がある。土地の古老が一つ一つ皮をむくように薄くそぐ。

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 そいだ鰒をほすところ。(リンゴの皮みたいに細長いのをほすのだろう)

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  熨斗鰒はこんな風に出来る。我々がお祝いの時に使う熨斗の由来もここにあるそうだ。

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 倭姫巡行の碑を見て、さらに登っていくと、鎧崎の可愛らしい灯台に出る。。

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 調整所からの階段沿いに見えた藤色の花をよく見たら、タツナミソウだった。
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石神さんの春まつり

2017/05/14 17:37
 母上が鳥羽市の相差(おうさつ)町出身の方から、この地が日本で海女さんが一番多いことを聞いた。毎年5月7日に石神さんの春祭りがあり、男たちが調理して、海女さんだけでなく訪れた人々にもふるまうことを聞いた。それで伊吹山に登って大垣に宿泊した翌日は、朝早くから相差を目指して南下した。

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 海女文化資料館の横の道を少し上っていくと、神明神社がある。境内の右手に小さな社があって、そちらが石神さんである。 

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 この日は石神さんの春の祭りだからお供え物が供えてある、

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 石神さんは女性の願いを一つだけかなえてくれるという。それで私も数ある願い事の中から一つだけお願いする。

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 式典の時間が近づいてくると白い衣装の海女さんがやってきた。相差町には100人近くの現役の海女さんがいる。

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 年配の海女さんが多いなかで、若くて美人の海女さんが目を曳く。

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 このお二人は母娘の海女さんだった。しかも三代続く海女さん一家で、有名な方たちのよう。

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 ありました。鳥羽市のポスターには3代の写真が。

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 海女さんにあいさつするといずれも、とてもいい笑顔を返してくれる。海に潜って貝をとるのはとてもやりがいのある仕事であることが想像がつく。

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 青い衣装の方は、このあたりの氏子代表か。

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 式典が終わると、おふるまいになる。男の人達がカニ汁を作ったり、さざえや牡蠣を焼いたりしている。私も焼き物や汁、そしてうどんまでいただき、満足。ごちそうさまでした。

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 帰りは再び境内に至る細い道を引き返す。途中に古民家を改装した「海女の家五左屋」がある。相差ではこのあと明治44年に座礁した駆逐艦「春雨」の殉難碑のある春雨展望台に行く。的矢湾が眼下に広がり向かいに安乗崎灯台が見えた。5月7日
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関ヶ原

2017/05/13 23:06
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伊吹山を下ると、そこは関ヶ原。石田三成の陣がある。

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小高い山の麓に馬防柵がある。そこから少し登ると、関ヶ原全体を見渡せる展望台にでる。

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徳川家康は最初、左手の南宮山の麓に陣を構えた。その右手には緒戦で華々しい活躍をした井伊直政の陣。

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左手には島津義久の陣。島津は西軍に付きながら戦わず、最期に伊勢街道を抜けて決死の逃亡を果たした。

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西軍から東軍に寝返った小早川秀秋の陣が山の上に見える。一番右端の山中、石田三成の陣の近くには討ち死にした大谷吉継の陣が見える。


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実際に見えた夕闇が迫って来た南宮山方面。

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眼下の田圃の中には最後の決戦地が見える。

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石田三成の陣から降って、決戦地のあたりを歩く。関ヶ原の戦いは1日で終わった。8時に始まり2時に終わったわずか6時間の戦いであるけれど、日本の歴史上極めて大切な1日だった。天下分けめだったばかりでなく、この日の動きで大名たちの江戸時代の配置が決まった。
思えば関ヶ原は交通の要衝である。北に伊吹山地が連なり、南には鈴鹿山脈があり、その間の通り道に当たる。古代最大の内乱であった壬申の乱もまた、ここで戦いが繰り広げられたのだ。

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伊吹山登山

2017/05/12 13:37
伊吹山ドライブウェイのゲートに入る時に、「少し行くと霧の中に入ります。上に行っても何も見えませんがいいですか?」と言われた。確かに三千なにがしかの通行料を払っても、何も見えなかったら不満を持つ人が多いに違いない。私も何も見えなかったらつまらないのだけれど、何といっても百名山の96座目である。何もみえなくても登りたい。

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 車で登りだしてすぐに深い霧の中に入った。数メートル先までしか見えない。運転も危険な中を進む。けれどもしばらく行くとちょっと霧が薄れてきた。スカイテラス駐車場から中央登山道コースをとると伊吹山山頂までは30分もかからない。伊吹山は植物の宝庫で、我が家にもイブキジャコウソウがあるし、山ではイブキトラノオも見た。でもこの時期はまだ、花は少ない。歩き始めに目についたのはコガネネコノメソウ。

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 セントウソウ。

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ヤマエンゴサク。

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 ふわりとぶらさっがているコケ。

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 麓からの登りは急なところが多いものの、山頂はなだらかである。ヤマトタケルの像がある。こちらは一等三角点。

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 下の方で雲が渦巻いているのが見える。それが見えるほど視界が開けてきたともいえる。

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 下りは西登山道コースを降りる。こちらに回ると琵琶湖が見えてきた。それほど視界はよくないけれど、竹生島が見える。琵琶湖の手前には小谷山が見える。 伊吹山は西に琵琶湖を望み、南には関ケ原という要地がある、日本を代表する大変な立地のところにあるのを実感した。5月6日。
 
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ホタルカズラ、フデリンドウ 西の谷

2017/05/05 08:48
ゴルフ場の下の道。この時期に行くのは初めてだからワクワクする。

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ちょっと見には瑠璃草かと思った。

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図鑑で調べてみたらホタルカズラだた。

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フデリンドウ。

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アケビの花。

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アケビの蔓はあちこちにある。

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ミヤマセセリもいた。
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朝のハナ

2017/05/05 07:38
ここのところ毎日庭いじり。昨日は畑に一本マルチの畝を作った。

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夜は夕食を終えるともう眠くなり、本を開いても、開いたまま眠ってしまう。そして朝は朝でいつまでも寝ている。

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ハナはとっくに目を覚ましていて、カーテンの閉まった暗い部屋の私の枕元で、じっと座ってこちらを見ている。

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ハナが子供の頃は、顔を触って起こされたものだけれど、今はじっと待つようになった。
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スミレ

2017/05/04 07:38
西の谷を目指して歩き出してすぐに紫色の花が目についた。

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葉っぱが細長いからスミレに思える。

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図鑑を見ると、「花は濃い紫色、唇弁の中央部には白地に紫色の筋が入り、側弁の基部には毛が入る。葉はヘラ型で、葉柄にははっきりした翼がある。」とある。

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「距は普通細長いが、変化が多い。」とある。ということで、この花は数あるスミレ類の中でもスミレと同定した。

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今日もタチツボスミレの葉を持つ、濃い紫色のを見つけた。

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こちらは、図鑑を持参して行かないと同定が難しい。
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春の西の谷

2017/05/04 07:00
西の谷に行く。このコースは昨年の秋からだから初めての春だ。一年を通して木々、野草、畑がどんな風に変化して行くのか楽しみにしている。

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歩き始め、原っぱの向こうに北アルプスが見える。

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谷への降り始めに、今は使っていない溜池がある。

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さらに降る。

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耕作されなくなった田んぼ。

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すぐ下の田んぼは起こしてある。

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谷の向こうに、藤原田の集落。

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