中央公論12月号

  最近はDマガジンで週刊誌は比較的目を通している。と言ってもあれだけある中から私が目にしているのは、偏った内容のほんの少しだけだろう。週刊誌を買わないだけでなく、月刊誌も分厚いから、読むのが大変そうで、ほとんど手を出していなかった。でも今回は中央公論12月号が目についたので買ってみた。手にしてみると、とても勉強になった。週刊誌が、その時々の出来事を追っていてあまり掘り下げないのに対して、月刊誌は編集方針に基づいてテーマを決め、筆者を選び、論を展開しているもんだと思った。日々の新聞・ニュースあるいは週刊誌を読んでいるだけでは、今どんな重大なことが進行しているのか全体像は掴めていないのを実感。
 
中央公論12月号で入ってきたことをざっくり書いてみる。

佐藤優「北方領土返還、これが最後のチャンスだ!」…現在の米中あるいは朝鮮半島の動きの中でロシアにとっても日本にとっても、両者が接近しておく必要があり、両国の政治状況も今がチャンス。その場合、平和条約締結の条件として四島返還は取り下げてニ島返還で話をすすめ、ゆくゆく残りの二島の話し合いをしたらいい。

「新潮45」の杉田水脈(みお)「LGBT支援の度が過ぎる」掲載と廃刊…新潮45では「LGBTの彼ら、彼女らは子供を作らない、つまり生産性がないのです」という記述が批判の対象になった。自らもゲイ当事者であるという千葉雅也氏は「国家」とは、未来へとつなぐ子供という存在があってこそ意味をなす巨大な生命体です。しかしLGBTは子供を作らないため、その連続性を切断する敵対的な関係にある。国家主義的な保守たちは、LGBTのそんなところに疑問を投げかけるのです。」とし、最後に「批判者は休刊に追いやったことで喜んでいるでしょうが、これを成功事例として捉えてはいけないと思います」とある。

角幡唯介「関りを奪うテクノロジー」…論旨は「GPSなどテクノロジーを使うと便利ではあるが、目的を達成するまでの労力を省いてしまい、対象との身体的な関りが失われ、世界から切り離された、ある種の喪失感が生み出される。」。私は作家・探検家である角幡唯介氏のことをさっぱり知らなかったけれど、現在42歳で新刊「極夜行」は最近ノンフィクション本大賞を取っている。探検家がこんなにひきつける文章を書くのかと、アマゾンに彼の本を注文した。

あと印象に残ったのは「サピエンス全史」、カヴァノー判事、MeToo、ポピュリズム、「キングダム」、本庶佑など。
 

 

奥久慈男体山

日光の男体山ではなくて茨城県の北の方にも男体山があるのを知ったのは、だいぶ前に雑誌に載っていた椎名誠の文章だった。内容はすっかり忘れたけれど、いずれ行ってみたい気持ちだけ残った。と言っても茨城の北は遠い。水郡線に乗って行くと、一泊しないとならないのだ。今回は2台の車で行って登山口と下山口が別という計画にのった。

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  一台の車を水郡線の上小川駅に置いてから、もう一台の車で西金(さいがね)駅を経由して、駅から歩いたら1時間半ほどの山間の道を行く。途中からは道が細くなって、林道並みの道を行く。古分屋敷というところを過ぎて間も無く駐車場に車を置く。男体山が見えた。岩稜の山だ。

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  すぐに大円地(おおえんじ)というところに出る。狭い谷にあってその最後の開けた所だ。数軒の家があり、山の斜面には茶畑がある。

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  ここまで、細い谷だというのに、ここだけわずかに開けていて、興味深い。煙突が二本立っている、かまえがしっかりした家だ。

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  すぐに道が二手に分かれていて左手の道を取る。この登りは、地図には上級者向き(鎖場連続)とある。なかなか急な登りで、岩がち。でも適度に鎖がかけてあり、枝や根っこ、岩などつかむところもあって登りやすい。見晴らしの良いところに出た。西側の斜面が切れていて、真下に集落が見える。

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  遠くに日光や那須の山並みも見える。

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 頂上には男体神社の奥宮がある。標高差500メートル登った。

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 下りは鎖場のほとんどない、下りやすい道。だいぶ下って山の中に男体神社がある。人家からだいぶ離れていて、こんなところにポツンとあるのが不思議。一応杉並木がある。 

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  栃木県の男体山と同じ系統なのだろうか。でもこちらは男体神社で、あちらは二荒山神社である。

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  長福というところで、一度車道に出る。男体山の山容が見える。右手の方から登ったのだ。もう一度長福山を巻く山道に入る。  

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 椿が咲いている。上小川駅まで歩いて車に戻り、もう一台の車のところに行った。

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  奥久慈に来たのは初めてだ。車から見える特産物の看板が興味深かった。こんにゃく、林檎、納豆、奥久慈しゃも、奥久慈そば。常陸大宮市の道の駅「かわプラザ」に寄った。色とりどりの人参、舟納豆、むかご、パクチーなど。家で早速むかごご飯を炊いたら、家人はむかごだけ除けている。食べないのかと思ったら皮を剥いて口にしている。ちょっとね!12月19日


高尾山頂には保育園児

富士山を見たくなったので高尾山に行く。我が家から1時間ちょっとで高尾山口駅に降り立った。

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山頂からは真っ白い富士の嶺が望めた。山頂には12月の平日というのに、多くの登山者がいた。中高年は勿論、学校行事だろうか大学生が沢山、それに保育園の年長らしい子供たちがいた。

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山頂の向こうの陽だまりでおにぎりを食べていたら、保育園児が前の方に移動してきた。しばし観察。動物園の猿山を見ているみたいに面白い。先生が指示すると、その通りやるのだ。ますリックを開け、敷物を取り出して敷く。次に背中につけているタオルを取る。この時期汗で体を冷やさない配慮だろう。それから上着を取り出して着る。

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次はお弁当。コンビニのお弁当なんかでなく、ちゃんと家で作ってもらっている。すっかりコンビニのおにぎり持参の高校生登山とは違うのだ。箸を使っている子もいる。外国人には箸を使うのは難しいのに、日本の子供はわずか5、6歳で自由に箸を使うのには感心する。みんなポットに飲み物も持っている。
この子たちがどうして幼稚園児ではなくて保育園児だと思うかというと、保護者がついていないからだ。でも先生だけでなく補助をする人はいる。

ここまで見ていて、息子のことを思い出してしまった。息子は保育園に行っていたけれど、最後の1年半は幼稚園に行った。隣が幼稚園だし、放課後は見てあげますと言ってくれたからだ。でもあとになって、母親がほとんど顔を出さないというのは随分寂しい思いをさせていたことに気づいた。ある時、幼稚園の遠足の写真を見た。みんな母親とお昼を食べている中で、息子は声をかけてくれた母親のグループに入れてもらって食べていた。あの頃、幼稚園の遠足は母親も一緒に行くものだなんて気づいていなかった。
もう一つ思い出したことがある。幼稚園にはご飯だけは持って行く日があった。私はすっかり忘れていた。すると担任の先生は我が家に入って、炊飯器にあったご飯を幼稚園に持って行ったのである。何しろ幼稚園は隣だし、鍵もかけずに暮らしていたから可能だった。

三菱一号館美術館

東京タワーそばのタンゴでランチをしてから三菱一号館美術館に行った。4つ行ける東京駅周辺美術館共通館訪問の最後である。
券は4つの美術館が巡れてかなりお安かった。最初に行ったのは東京ステーションギャラリーの「くまもの」で、隈研吾の素材に対するこだわりがわかって、とても良かった。そのあと彼の本を読み分かったのは、20世紀の頑丈だけれど無機質な鉄筋コンクリート建築ではなくて、それぞれの地域の持っている素材を大切にする姿だった。その彼が引き合いに出しているのはブルーノ・タウトである。タウトは桂離宮を見てショックを受け、建築に対する考え方を根底から変えたという。タウトが感動したという、生きている竹を垣根にしているいわゆる桂垣も説明があった。私はその少し前に桂離宮に行っていながら、桂垣を見逃していた。
1月から12月まで有効なこの共通券を使って、その後しばらくは見たいと思うのが無くてそのままにしていた。プライベートな美術館だから世の中で大騒ぎされるレベルのはやってないのだ。でも年がつまって期限切れになりそうなので、ここに来て急遽3館に行った。いずれも日本を代表する企業が運営しているので、展示内容よりも、美術館そのものを見ることに意義を感じた。三井記念美術館は三井の本拠地である日本橋にあって、伝統ある建物の中。出光美術館は皇居を見晴るかす素晴らしい立地。

今回の三菱一号館美術館は明治期にライト設計で建てられたものを、復元している。今回の展示はフィリップスコレクション。思いの外混んでいる。何が目当てなのか考えてみる。

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ドガの「稽古する踊り子」じゃないかな。私が目指すとしたらこれだ。

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でも写真OKの部屋にあったこんな絵も印象に残る。

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上の方を見ると東京駅の屋根に似ている。あちらはライトの弟子辰野金吾設計だからそういうことか。

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中庭は洋風でお洒落。

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そばの並木には侘助みたいのが咲いているけど、シャクナゲの遺伝子が入っている気がする。

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赤いオープンデッキカーが走っている。こういうの初めてロンドンで見た時は、日本でも走る日が来るとは思っていなかった。

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こんなのを楽しむ風景も日本じゃないみたい。

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長いこと工事中だった東京駅前がスッキリした。

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皇居に向かう道、とってもすっきりして、一国の顔にふさわしくなった。

東京歩きの最後にオアゾの丸善に寄った。以前は松岡正剛プロデュースの一角があってその頃は折あるごとに寄った。久しぶりに行ってみると、さすがに丸の内のビジネスマン向けの書店、入る早々今をときめく本が目に入ってくる。子供ニュースの池上彰パパが毎日必ず書店をチェックするのが理解できる。私にも落合陽一という人物が超売れっ子であることが初めて理解出来たので、帰宅後ネットで彼の講義を聞いた。私も、今起こりつつあることに注意を払わねばという気になった。

「メシ、風呂、寝る」から「人、本、旅」へ

  出口治明氏について調べてみたら、還暦で立ち上げたライフネット保険から退き、今年から立命館アジア太平洋大学の学長になっていた。69歳で新たな仕事を始める人がいるというのは刺激になる。そして出口氏の歴史の視点は、世の中に広がった方がいい。私は前回ブログに書いたように、世界史目線の入り口に立ったところなので、この後はまずは出口氏の本を読もうかなと思っている。
 「世界史としての日本史」の最後の方には、「メシ、風呂、寝る」から「人、本、旅」へと書かれている。半藤氏によればいわゆる団塊の人たちは若いころには、計算も展望もない全共闘運動をし、それが終わると働きバチに変身し猛烈に働き始めた。そして出口氏によれば、吉田茂が敷いたグランドデザインでは、彼らはがむしゃらに働くだけでよく、勉強して余計なことを考えるのはむしろ邪魔になった。さて私も団塊の世代のしっぽにいるので、このお言葉を素直に受け取るには抵抗はがある。でも男はたくさん働いて帰宅が遅く、家庭は妻が守っており、「メシ、風呂、寝る」のイメージがあった。出口氏は言う。でもこれからは「人、本、旅」でたくさんの人に会い、たくさんの本を読み、いろいろなところに行って見聞を広めるべきで、そのためには早く職場から帰らなければならないし、バカンスが必要である。
 そして出口氏はこの方向に沿って、教員も学生も外国人が半分という立命館アジア太平洋大学の学長になったわけだ。

「世界史としての日本史」

 世界史にも目が行くようになって、目についた本が「世界史としての日本史」。

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 ライフネット保険会社をやりながらも世界史の本を出している出口治明氏と元文芸春秋編集長で「日本で一番長い日」などの作者半藤一利氏との対談である。対談本というのは安易に作っていて掘り下げてないイメージがあるので、しばらく置いておいたけれど、読みだしてみると、とても勉強になった。特に出口氏の世界史の視点が為になった。
 最近クールジャパンとか言って日本は素晴らしいという風潮だけれど、日本は世界史の中でほとんど存在感の無い国であると、まずは切り出している。そう言われれば確かにそうで、日本はまさに中華帝国の辺境にあったのであり、世界史の中で存在感を出したのは、大戦のころだろう。

 明治維新以降が第一立憲君主制で、戦後の憲法が出来てからが第二立憲君主制というくくり方はわかりやすい。幕末の幕府はかなり海外事情を知っていて阿部正弘や井伊直弼が開国派だったのに対して、薩長は尊王攘夷をとなえてむやみと外国を排斥していた。しかし薩英戦争と四国艦隊下関砲撃に負けて薩摩も長州もは攘夷が不可能なことを知る。そこで攘夷をいつの間にか取り下げておいて、尊王だけで幕府を倒した。だから別に明治維新の必要はなかったという。けれども彼らのやったことを正当化するため、そして国家のアイデンティ造りのために天皇を中心とする装置をつくる必要があったわけだ。新政府は明治天皇が大元帥の服装をし、皇后が洋装をした肖像画を日本中に配ったという。新時代が来たことを人々に知らせるためである。そういえばそれまでの天皇は、ほとんど御所から出なかったはずなのに明治天皇は日本中を行幸している。幕末から明治維新の歴史は薩長史観だったという論調が最近出てきている。私も、かつて大化の改新で蘇我氏を悪者にする必要があったように、新政府は幕藩体制を悪いイメージにする必要があったことに気づきだした。つまり歴史は勝者が都合いいように書かれるわけで、そのあたり、この本でさらにイメージ出来た。。

 司馬遼太郎は「坂の上の雲」を、それまではマルクス史観の影響で日露戦争が侵略戦争にくくられていたのに異を唱えて書いた。強欲なロシアが北の方から圧力をかけてきたので、まだ青年期の日本が横暴に耐えかねて、ついに勝負をいどんで勝利したというイメージで書いている。しかしこれはきれいすぎるのじゃないか。実際はロシアの革命騒動に乗じて、日本の方が戦争を仕掛けて、満州の権益を虎視眈々と狙っていた。日露戦争後には、賠償金が取れなかったと言って日比谷焼打ち事件が起きた。この時、日本はそれ以上戦争を続ける力はなく、小村寿太郎はポーツマス講和会議で見事な駆け引きをやっていた。けれども陸軍は連戦連勝の情報ばかり流していたので、国民は実際の状況を理解していなかった。日露戦争の結果、日本はロシアから満州の権益を引き継ぎ、満州に執着するようになったのである。

 冷戦は日本にとって幸運の代名詞だった。冷戦中は、日本が少々わがままを言っても、アメリカは日本を守ってくれて、絶対にロシアや中国の味方はしなかったが、今は国益で判断する。日米安全保障により、強兵を捨て、富国に絞った吉田ドクトリンのもとで日本は高度成長を遂げたたわけだけれど、半藤氏のインタビューに吉田茂が答えている。「みんな、憲法を改正して、早く自衛隊を国防軍にしろと言うが、そういうことはしない方がいい。むしろ、この国は、今の協調路線をしっかり守っていた方がいいんだ。」日本はもういっぺん、富国だけでなく強兵でもありたいなんて考えを持ったら、大間違いだと、それをさかんに言っていたという。

  いろいろ勉強になったけれど、最後に「世界のなかの日本を知るためのブックガイド」の章がある。いろいろな本が紹介されている中で、出口氏が「やはり、第二次大戦のことをきちんと勉強して、将来に役立てようと思ったら、新書を4~5冊読んだくらいではダメですよ。きちんとした本を、ある程度苦労して、自分に負荷をかけて読んで、初めて自分の実になるので、簡単な本はどこにもありません」と言っている。
 うーん、私には「将来に役立てる」はあるんだろうか。将来がないから、今の立ち位置のままでいいと考えたらつまらない人間になるのは確かではある。しかしこのレベルの人たちはどういう風にしてこれだけの勉強してるんだろうか。 

「ROME」

漫画「テルマエロマエ」の作者ヤマザキマリさんが、アメリカとイギリス合作のテレビドラマ「ROME」を夜も眠れないほど興奮して見たというのを読み、私もアマゾンプライムで見始めた。スポーツクラブでステップマシンを踏みながら一回につき一話見るのである。

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1時間ドラマで1部、2部それぞれ11話づつある。1部はカエサルの暗殺までで、そこまでは見た。

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主人公は第13軍団長のヴォレヌスと、その部下のブッロ。

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 このドラマの登場人物で、私にはブッロが一番恰好良く見える。

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 カエサルの姪のアティアは、カエサルの後継者であり帝政を始めたオクタヴィアヌスの母親である。演ずる女優はちょっとソフィア・ローレンに似ている。でもなかなかの野心家で、憎たらしい役どころ。

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  今、第2部の2回目が終わったところで、オクタヴィアヌス役はまだ少年、いや青年になりつつある。この賢い少年の雰囲気が良く出ている。

 このドラマは200億円かけた大作である。アメリカドラマらしく暴力シーンがリアルで目を背けるにしても、戦闘シーンはあまり多くはない。成人指定であるけれど、日本版はカットしているのか、その方面もあまり多くない。いずれにしても装置や衣装、それにストーリーが迫力がある。
 さて、私が何を思うかというと、このストーリーの紀元前後の日本はまだ弥生時代で小国の時代なのに、ローマはあれだけの文明を持っていたのかということだ。考えてみると、日本は東アジアのローマ帝国みたいな中華帝国の辺境にあって、その影響下で文明をきずきつつあった。
 
 ここ数年、日本への関心を中心に過ごして来たけれど、ここにきて世界にも目を向けるべく軌道修正。夏のパリ滞在もそのあたりを考える機会になった。


柚子胡椒

狭い庭だけれど、暑かったせいか、柑橘類の実りがいい。
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今年は柚子がよくなっている。

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みかんもよくなっている。

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柚子と青唐辛子、そこに20パーセントの塩を足してミキサーにかける。柚子胡椒の出来上がり。

寿司づくり

今日の寿司メイキングレッスンはまず大宮市場で本マグロを買うところから始まった。

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何回か車で通り過ぎたことはあるけれど、市場の中に入るのは初めて。大宮市場の中には青果市場と魚市場があり、毎週土曜日は8時半から11時まで一般の人も利用できる。ここで各自、自分で切る為のマグロの切り身を買う。

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先生が買ったのは1キロ2000円の本マグロ1.8キロ。まず、赤身の部分を取り除いてから切っていく。

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各自包丁を使って自分用の切り身を作り、そして握りに取り掛かる。以前握りを教えてもらった時には手順がさっぱり頭に入らなかったけれど、2回目の今回は少しわかってきた。

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次にヒヨコの巻寿司をつくる。

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翌日早速残りの切り身で4人分の握り寿司と巻寿司を作った。好評。今度また大宮市場に行って、寿司メイキングして、集まりが出来たらいい。


畑じまい

直江津の春日山城を後にして東御に回った。

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庭に残っていたマリーゴールドや百日草などを引き抜き、豆を収穫した。

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トマトとか豆のフレームを片付け、翌日にはトラクターで耕してもらった。これで今年の畑は終わり。

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前回植えておいた玉ねぎの苗はほとんど付いている。

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前回3人で3晩夜なべしてむいた柿はカビが入らず、いい色に仕上がっている。

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庭に花はほとんど咲いていないけれど、冬桜は咲いている。